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三浦春馬さん作品レビュー:天外者(てんがらもん) ストーリー編(ネタバレ豊富)

プロローグ

1857年、長崎。異国情緒漂うこの町に幕府が設置した海軍伝習所には、各藩から実に128名もの若者が集まっていた。

「何を言うちょりますか、勝先生。日本が大変な時にじっとしてなどおられません」

土佐はそんなに居心地が悪いのかと問われた勝海舟に対し、そう応える龍馬。足元には、当時の履物としては珍しいであろうブーツ。2人は窓の外に目をやる。そこには、訓練中の伝習生たちがいた。

「もうよか! 実際に航海させろ!」そう教官に食って掛かる一人の若者がいた。若者はなおも食い下がる。
「一日早く俺に学ばせるということは、この日本が一日早く進歩するということだ」と。

それを聞いた龍馬は、「ははっ! うぬぼれちゅうのう!」と思わず口に出す。実に楽しそうな表情を浮かべながら。

この、うぬぼれ者の名は、五代才助。勝海舟曰く、「日本を変えるかもしれない男」。

日本近代産業の礎を作った男の物語は、ここから始まった。

遊女・はるとの出会い

海軍伝習所の伝習生として長崎で学んでいた才助は、1人の遊女と出会います。男に絡まれ、「世の中のことを知りたいんだよ。」「夢くらい、見たっていいだろう」と切実に叫ぶその女に、感じるところがあったのか、その後遊郭を訪れ、頻繁にその遊女・はるのもとへ出入りするようになっていきます。

才助の「誰もが夢を持てる国を作る」という考えは、はるとの出会いと会話により、形になったものだったと感じさせる演出。そういう意味で、本作品でのはるは、単なる遊女ではなく、才助を精神的に支えた女性の1人として捉えることができます。

龍馬・弥太郎・グラバー・才助の出会い

どういう経緯で集まったのか今一つはっきり描かれないままでしたが、遊郭のとある一室に龍馬・弥太郎・英国武器商人グラバー・才助が集まります。龍馬にグラバーを紹介される才助でしたが、以前会ったことがあるようで、「先日の資料、とても参考になりました」とお礼を言っています。英語で。

このあと、折に触れてグラバーがやたらと才助に肩入れするシーンが登場します。グラバーは武器商人ですから、龍馬とも才助とも平等に取引をするはずですが、五代才助の才能に惚れ込んだということなのでしょうか。

才助が必要とするタイミングで、資金援助をいとわないグラバーは才助にとって心強いビジネスパートナーであったに違いない、と思いました。

運命に翻弄されるはると才助

藩命により蒸気船を買うため上海へ行って、戻ってきた後の才助は、購入した蒸気船を軍艦にする算段をしていましたが、生麦事件が起こり、薩英戦争が起こり、英国の捕虜になり・・・と散々な目に合います。

この後、横浜のエルダーに身請けされていたはるは、才助の命を助けてもらうよう、エルダーに懇願します。その姿から、才助への想いの強さが伝わってきます。
(このエルダーというのが何者なのかは、作品中ではっきり明かされていません。長崎にいたこと、英国人らしいこと以外は何も分からない。あと分かることといえば、英国軍にどうやらパイプがあるようだということくらい)

一方、英国軍から解放され、命からがら逃げてきた長崎で、遊郭を訪れた才助。はるが身請けされて英国に行ったことを知ります。

何かを決意し、英国の武器商人グラバーの下に身を寄せ、英語で文書を綴る才助。瞬き一つしない、真剣な表情で一心不乱に文書を作っています。この文書に感銘を受けたグラバーは、薩摩藩の留学生派遣を支援する資金を出すことを決めます。

この文書が、誰に向けて、何について書いたものなのかが非常にざっくりしていて不明確で、もやもやするのですが・・・グラバーがたいそう感銘を受けているようなので、英国への渡航費用をグラバーに出させるためという解釈で、まあ良いとしましょう。

薩摩藩の留学生派遣に才助も参加したことが、この後民間人として富国のために命を懸ける彼の決意につながっていくのでした。

才助の決意

薩英戦争で捕虜となって解放された後、長崎へ戻ってグラバーの下に身を寄せていた五代才助。そこで書いた文書が認められ、英国への渡航が実現することになりそうな才助は、船の上で龍馬と語らいます。

「この国を変えたい。だが己一人では何もできん。」
そういう才助に、龍馬が声を掛けます「おるやいか。ここに!」と。

船の上から海を見つめ、日本の夜明けを、将来を語り合う2人。一人では何もできないと弱気になる才助を励まし、勇気づけます。
「うぬぼれが、また戻ったか」。そう嬉しそうに言う龍馬。

三浦翔平さんと春馬さんだからこそ、できたシーンのように思えました。生き生きとした2人の表情がとても印象的でした。

命がけで英国に渡ることになる才助は、この後実家に戻って、母との再会を果たします。

「よう帰ってきました」という母。兄は、父が才助に対して「五代家の面汚し」であると嘆いていた、と辛らつな言葉を投げつけます。

才助はこの時、家の敷居をまたぐことなく、外から父の仏壇に手を合わせます。

ここで母と交わした約束が、私は五代才助らしくてとても好きです。

この場面でまた命を狙われた才助は、その場で武士の魂である髷を切り落とします。

「これ以上、俺の邪魔をするな」そう言う才助の全身からは、まるで立ちのぼる気迫が、うっすらと目に見えるようでした。

髷を切り落とした息子の姿を、母はどんな思いで見つめていたでしょう。武士としての自分は死んだと思ってくれ。そういうメッセージでもあるはず。

母の目に、光る一筋の涙。なんだか、すごく心にしみた瞬間です。

龍馬の死

龍馬の訃報を受け取った仲間たちは、三者三様に、悲しみを露わにします。
最初は弥太郎が、次に利助が、最後に才助が。

全員一人で、龍馬の死を悼みます。
己一人では何もできん、そう思っていた才助の心強い味方がいなくなった。途方に暮れる才助の振り上げた拳を、振り下ろす先は・・・ありません。

龍馬を失った才助の悲しみは、どれほどだったでしょう。

はるの死

英国から日本に帰国した才助は、はるが日本に戻ってきていることを知り、はるのいるサナトリウムを訪れます。

愛おしそうにはるの手を撫でながら、「探した。イギリス中、探した」という才助。

はるを背負って、ともに海を見に行く才助。
亡くなったはるを背負ったまま、涙を流して、ともにいつまでも海を見つめる姿が、胸を打ちます。

明治という新しい時代を、はるの思いを背負って進んでいく才助の決意を感じます。

妻・豊子と歩んだ道

新しい時代・明治を迎えた五代友厚(才助改め)は、政府高官として忙しい日々を送っていました。英国で見た「誰もが自分の意見を言えて、好きな職業を選べて、夢が見られる」世の中を目指して。

豊子との出会いから結婚までは端折られていて、しかも遊女・はるに比べて扱いが雑ですが、豊子が才助を支えたことは随所に感じられます。

頭をけがした人をいきなり連れてきて、「後を頼む」と言って東京へ行ってしまう、いきなり家の権利書を持ち出してお金を借りようとする・・・

史実では、大阪遷都構想を持っていた大久保利通が、五代友厚宅に長逗留したこともあるようですから、豊子さんは大変だっただろうと思います。

弥太郎の目を覚まさせる

龍馬が亡くなってからというもの、なんだか生気の失われてしまった弥太郎。ある日友厚の事務所に来た弥太郎に、友厚はこう声を掛けます。

「弥太郎、お前にしかできないことがある」
「よく思い出せ」

そのあと、伊藤博文と一緒に牛鍋をつつきながら、愚痴をこぼす弥太郎に、伊藤博文がアドバイスを送ります。

「あなたが、すりゃあええんじゃ。海援隊を」

弥太郎の目を覚まさせたのは、友人である五代友厚と、伊藤博文だったのです。

商法会議所設立集会

見どころの多いシーンです。

商人たちの怒号飛び交う中、代表して弥太郎が質問をします。
「わしらの言葉で言ってくれ。よーく思い出しての」という弥太郎に、わずかに口の端を上げ、助け舟を出されたことを理解する友厚。

そこから、五代友厚らしい演説のシーンに入ります。
バックに流れる波の音が印象的でした。

相変わらず怒号も飛び交いますが、いつしか演説に真剣に聞き入る人の姿が、増え始めます。

弥太郎が、言います。

「うぬぼれが戻ったのう。
そうじゃ、それでええ。
そうやって前へ進め」

弥太郎の足元には、ブーツ。

そしてここに至るまで、五代友厚に「うぬぼれ」という言葉を使ったのは、あの人ただ一人。

演説を聞いていたのは、弥太郎の姿を借りた、坂本龍馬その人でした。

全体を通して

五代友厚が「未来」を見つめる時、そこにはいつも海がありました。
この作品において「海」は、未来の象徴として使われているように思っています。

龍馬とともに「誰もが夢を見られる国を」と願い、見つめた海。
亡くなったはると、果たせなかった約束を背負い、未来を創ると誓った海。
商法会議所設立集会で、バックに流れる波の音。

幕末から明治の激動期にあって、五代友厚が見つめたのは、いつだって大海原の向こう側だったのだ。そんなメッセージを感じました。

ただ全体としては、駆け足だなあ・・・駆け足すぎる。という印象です。

それも仕方ないとは思います。すでに歴史上の有名人である信長や家康、坂本龍馬を描くのであれば、人物についてある程度知っていることを前提に、テーマを絞って描くこともできますが、五代友厚については日本全国、朝ドラ「あさが来た」でディーンさんが演じた「五代様ロス」ぐらいしか認識がないでしょうから。

金銀分析所と鉱山業」のくだりを「そこからじゃ」の一言で表現したのは、本当に秀逸だと思う面と、残念に思う面が私の中に混在しています。五代友厚について予習していないと、分からないだろうと感じます。

キャストの熱演は随所で(三浦春馬さんについては終始)光っています。女性脚本家の描いた作品らしさも、ストーリー全体を貫いていますので、「五代友厚を取り巻く女性たち」というテーマで見直すのも面白いかもしれません。

作品中で描かれなかった、大阪遷都構想と大久保利通との関係も入れてほしかったです。

のんびり碁を打つ大久保利通と五代友厚。娘がそれに不満を言って、たしなめる豊子さんの姿とか、そういう平穏な家庭の一幕も、見たかったなとつい、思ってしまうのです。欲張りですね。

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