映画「長州ファイブ」作品レビュー 「天外者(てんがらもん)」との比較
「天外者」を、ただ三浦春馬さんのファンだけが大勢詰めかける映画には、したくないので、他の幕末映画と比較してその魅力を説明します。
比較対象は、「長州ファイブ」を選びました。フォロワーさんにご紹介いただいた作品です。「天外者」と同じく公開当時30代前半あたりの人がメインキャストであること、同じ時代を描いていること、倒幕・開国に大きな役割を果たしたという意味で、五代友厚のいた薩摩藩と、長州藩は共通するものがあることなどが理由です。
まず、「長州ファイブ」とは何か?というところから。「長州五傑」のことです。長州五傑のWikipediaの説明を以下に張ります。
1863年に長州藩から清国経由でヨーロッパに派遣され、主にロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジなどに留学した、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)の5名の長州藩士を指す
この5人が、どうして「攘夷」に凝り固まった当時の世相の中で、イギリスへの留学を果たせたのか、当時の彼らの思いと藩の考え、心境の変化、イギリスで観たもの。「長州ファイブ」は、それらを描いた映画です。
この作品を楽しむには、幕末の長州藩にあった私塾・松下村塾と吉田松陰、その教え子たちに関する知識がちょっと必要です。作品冒頭に高杉晋作と久坂玄瑞が登場しますが、彼らの当時の思想を理解しないと、物語が理解できないと思います。大した歴史の知識がなくとも楽しめる「天外者」とは異なります。
このため、まずはこのあたりの関係性について、整理するところから始めたいと思います。
吉田松陰と松下村塾
吉田松蔭は、長州藩士で思想家・教育者です。幕末の長州藩で、多くの攘夷志士や、明治維新に繋がる人材を輩出したことで知られる「松下村塾」で教えていました。
長崎に寄港していたロシア船に密航しようとしたり、黒船に密航しようとしたりしていますが、いずれも叶わず。西洋文明に興味を惹かれ、国の外を見てみたいと考えていたようです。安政の大獄で逮捕された梅田雲浜とのつながりを疑われ、投獄され、死罪となった人物です。
長州藩には、藩校である明倫館がありました。明倫館では、武士しか学ぶことができませんでしたが、吉田松陰が教えていた松下村塾は、誰でも入れました。そこで吉田松陰は、一方通行で先生として教えるのではなく、塾生とともに意見を交わし、儒学や文学だけではなく水泳や登山も行っていたと言われています。実学を重んじ、行動を求めたのです。そんな思想の下に集まった塾生の中から、2人のすぐれた人物が現れます。
高杉晋作と久坂玄瑞・長州五傑との関係
それが、高杉晋作と久坂玄瑞です。吉田松陰は、幕府が日米修好通商条約を結んだことに激怒し、倒幕・攘夷(江戸幕府を倒して、外国人を追い払う)を唱えていました。必然的に高杉晋作と久坂玄瑞も、影響を受けて倒幕・攘夷を唱えるようになります。
この2人と長州五傑は、仲間として繋がりがありました。すなわち、長州五傑は皆、「倒幕派」で「攘夷派」だったと言うことになります。
「長州ファイブ」の作品中、高杉晋作・久坂玄瑞を中心とした仲間(長州五傑のメンバーも含まれている)が、幕府建設中のイギリス公使館を焼き打ちする、「英国公使館焼き討ち事件」を起こすところが描かれます。この事件、結局犯人は見つかっていません。当時の攘夷思想の高まりぶりを示す事件として知られています。
作品の中で、公使館に火をつけたあと、伊藤俊輔(のちの伊藤博文)は「こんなことをして何になるのかのう。これが攘夷なのかのう」とこぼします。
そりゃそうです。完成間近ではあるものの、無人の英国公使館を燃やしたところで、ただの嫌がらせ。こんなことをして何になるのかと、むなしい思いに駆られても不思議ではありません。
攘夷攘夷と騒いではいても、当時の若者は、こんな風に複雑な思いを抱えていたのかもしれません。
イギリス留学
長州藩が五傑をイギリスに留学させると決めたのは、焼き討ちからわずか3か月後です。いったいなぜだったのでしょうか。
作品中では、「敵の知識と技術を学び、自分たちで技術を使えるようにして、外国の助けなしに近代化を進める」ことで、西欧諸国に伍するようにしようと考えたためだと描かれていました。長州藩の英国留学は、あくまで攘夷思想に基づくものだったのです。
「天外者」では、薩英戦争後、捕虜になり解放された後の五代友厚が、色々あって(観てください)書いた上申書が功を奏して、留学が実現します。つまり、薩摩藩の行った留学は、基本的に開国論者である、五代友厚の思想に基づくものでした。
二つの藩が、幕府の禁制を破って実現した留学は、出どころからしてずいぶん性格の違うものだったのです。
「長州ファイブ」の描くイギリス
「長州ファイブ」が作品中で描いているのは、当時のイギリス渡航の過酷さと、ロクに英語も話せない状況でイギリスに渡り、学ぶ事の大変さと、イギリス国内の実情です。
航海は半年ほどに及んだようですから、過酷だったことは確かだと思います。留学の手引きをしてくれたのは、スコットランドのジャーディン・マセソン商会でした。グラバー邸のグラバーさんのいる会社です。イギリス国内での滞在先や留学先での身分の扱いは、それなりのものになるよう手配されていたようです。
航海中に身に着けた、たどたどしい英語で何とかコミュニケーションをとろうとする、長州五傑。苦労したのだろうなと感じます。
イギリスで彼ら5人が目の当たりにしたのは、西欧文明の凄さと、日本とのあまりに大きすぎる差でした。
蒸気機関車が30年も前から走っている。通信網が整っている。攘夷思想を胸に抱いてイギリスにわたった5人は、「こんな国と戦争して勝てるわけがない」と攘夷思想の無謀さを思い知ります。
一方、伊藤博文が娼婦街に行き、ことが終わった後、女性が伊藤に対してこう言うシーンがあります。
「文明国」?
週に一回、パンを食べるのが唯一の贅沢なのに?
自由主義経済のもとで工業化を推し進めると、必ず貧富の差が出ます。日本人から見たら、イギリスの度肝を抜かれるような技術、文明は眩く映ったに違いありません。しかし、それに伴った暗部も存在することを、「長州ファイブ」ではきちんと描いています。
文明化を推し進めさえすれば、すべてがバラ色というわけではなく、別な社会問題を生む、というメッセージも、作品に込められているように思いました。
「天外者」では、五代友厚のイギリス留学について、あまり深くは触れられていません。そもそも、この作品の描くものは、五代友厚という人物そのものですから、当然といえば当然です。あくまで五代友厚がイギリス渡航中に感じた、西欧諸国の文明の素晴らしさを語っているにとどまっています。
それぞれの作品の魅力
長州ファイブを演じたのは、北村有起哉さん(井上馨)、三浦アキフミさん(伊藤博文)、前田倫良さん(遠藤謹助)、山下徹大さん(井上勝)、松田龍平さん(山尾庸三)という、実力のある俳優さんたちでした。
特に、航海中に覚えたたどたどしい英語が、滞在中どんどん上手くなっていく山尾庸三を細やかに演じる、松田龍平さん。見応えがありました。
「天外者」の最大の魅力は、五代友厚という人物そのものにあります。五代友厚の持つ人間的魅力、スケールの大きさ。子どものように無邪気な一面と、国全体の利益を考えながら打つ手を考える、その思考回路・実行力。彼と、彼を取り巻く人々との絆。三浦春馬さんは、まばゆい魅力を放つ五代友厚を、全身全霊で演じています。
細かい部分に目を向けると、三浦春馬さんと三浦翔平さんが、本当に素晴らしいです。2人が並んだ時のビジュアル、春馬さんの殺陣の美しさ。翔平さんの演じる龍馬のなんとも言えない人間的魅力と、快活さ。そして私が注目したいのは、春馬さんの英語の発音。
三浦春馬さんが作品中で話す英語は、本当に努力の積み重ねが垣間見えるもので、発音も役をよく考えた上でのものでした。昨日もTwitterでフォロワーさんと、そのことについて盛り上がってしまいました。ネイティブのものではない、British寄りの英語。どれだけ、努力を重ねていたのかと思わされます。
「長州ファイブ」には、高杉晋作役で寺島進さんが出るなど、ベテラン俳優さんの出演も全体を締める意味で効果的でしたが、「天外者」は、全体的に主要キャストが皆若く、作品全体から勢いを感じます。
まとめ
「天外者」は五代友厚という歴史上の人物の一代記。「長州ファイブ」は、当時の世相に翻弄されながらも、藩の未来、ひいては国の未来を創るために若者たちが背負ったものを描いています。
「天外者」は歴史に詳しくなくとも楽しめる展開になっています。「長州ファイブ」は、当時の長州藩と江戸幕府についての知識が多少ないと、楽しめない作品になっています。
おまけ
不思議な縁ですが、高杉晋作は五代友厚と会っています。五代友厚は2度上海に行っている(「天外者」では複数回行ったことは描かれていない)のですが、友厚の2度目の上海渡航時に、高杉晋作が同じ船に乗っていたのです。高杉晋作の上海渡航報告書には、五代友厚に関する記述もあります。彼は、高杉晋作に「薩摩藩の外国貿易政策について」熱く語っていたようです。
2人が上海で見たのは同じ景色だったはずですが、西欧諸国の最先端の文明と、現地住民の貧困ぶりを目の当たりにして、かたや五代友厚が開国思想と富国強兵思想を強くしたのに対し、高杉晋作は攘夷思想を強くしたと言うのは、2人のそれまでの歩んできた道、思想的背景を反映していて、実に興味深いなと感じます。
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