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たねのはなし 1 - 命を包む入れもの


たねと私たち

たねの中にはものすごいエネルギーが蓄えられてる。たとえばシカモアカエデ。私の家のまわりにも大きなのが3本あるけれど、自前のプロペラで飛んできて着地し、あれよという間に巨大な木になり、日向だった庭を日陰にし、そのうち森にかえてしまうのがとても得意だ。

私たちの食を考えただけでも、たねの存在はそこらじゅうにある。キッチンの棚、冷蔵庫、食卓をちょっと見回してみると、お米、パン、チョコレート、コーヒー、シリアル、納豆に味噌、こま油などなど。これらはみなたねを加工したものだし、私たちが食べている農作物はほとんどたねを蒔いて育ったものだ。

たねはいったいいつから存在してるんだっけ?

種以前の世界


たねをつくる植物、つまり種子植物は、名前がつけられている植物27万7千種のうち、なんと80%以上をしめている。陸上植物に限って言えは90%以上だ。でももちろん、はじめから地上をこんなに席巻していたわけではない。

植物はもともと水の中だけで生活していた。水の外の世界はそのころの生物にとって紫外線が強く乾燥した厳しい環境だったのだ。緑藻類からコケ植物そしてシダ植物と徐々に陸に適応し進化していったのが5億年前ごろといわれている。まだ植物が種子をつくる技術を獲得するよりずっと以前の話しだ。

コケ植物もシダ植物も胞子で増える。親植物は胞子をたくさんつくって散布するけれど胞子は受精する前の段階なので、胞子はそこから発芽して成長し配偶体になって卵と精子をつくらなければいけない。この一連のプロセスは乾燥がとても苦手だ。さらに配偶体でつくられた精子は水の中を泳いで受精し、乾燥をのがれて育ったものだけが次の世代につながっていくことができる。これは散布先が湿った好条件でなければ成功しない、賭けのようなものなのだ。

命とご飯がつまっている

やがて進化の過程を経て、デボン紀後期、3億6千万年ほど前に種子植物が現れる。種子植物はコケやシダと違って親植物の中で受精し種子をつくる。花粉がめしべ(裸子植物の場合は胚珠に直接)に着地し受精してできた、ミニチュアの植物(胚)と、発芽してから光合成できるようになるまでの間生き延びるための栄養が、種皮に包まれている。種子には小さな命と一緒にそれを養うご飯がつまっているというわけだ。
中身を守る、保存する、運ぶという、入れものの役割をしているのが一番外側の種皮で、これによって種子は乾燥から守られながら風に吹かれたり飛んだり、鳥のお腹のなかで消化されずにフンと一緒に落下したり、水が染み込むことなくに流れにまかせて、遠くまで移動するということが可能なのだ。

もう一つ獲得した種子の重要な機能があり、それは種子休眠というものだ。これは成長するのに本当に良い条件がそろった時に発芽する、時が来るまで待つという技を可能にした。

胞子より大きく複雑な機能と構造の種子は、つくるのに多くのエネルギーが必要になるので少量しかつくれない。植物の最大の目的は次世代に命をつなぐこと。種子とは、植物が進化の中で確実性を高めることにエネルギーを集中することを選び、生まれたものなのだ。

みんなの命を包んでいる

3億年以上前のことに思いを馳せるのは、そう簡単じゃないけれど、この種子の出現という出来事は地球の奇跡だと思う。
種子という進化によって植物は空間さらには時間の中で次の世代をつなぐ可能性をいっきに拡大していった。種子植物は熱帯からツンドラから乾燥地帯までいたるところに生息地を広げ、地球上に森や草原をつくった。そして生物の多様性を生み出した。そこにはもちろん人類もふくまれていおり、ひいては人類の歴史と文化をかたちづくっていったのだ。
農業文化もその代表のひとつ。植物のたねを蒔いて植物をそだて収穫する、そのたねを保存してまた蒔くというサイクルは種子によって始まり種子によって続く。

種子は植物は種子という小さな容れ物の中で自分の次の世代の命を守り、運び、定着を確実にしながら、私たちも含めた生き物たちの命も育んでいる。考えれば考えるほど、種子の偉大さを前に謙虚な思いになる。この偉大さとはもちろん大きさではない。包み込むこと、大切なものを守って未来ににつなげることに惜しみなく熱を注ぐこと、そして適応するというしなやかさも一緒に内包したのが、種子という小さくて偉大な存在なのだ。

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