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たねのはなし2 ー 植物と動物のミューチュアリズム

植物園のプロパゲイターは、植物コレクションを維持するために、一年のサイクルの中で、たねを採取し、クリーニングし、それを蒔くというお仕事をします。美しかったり、奇妙だったり、繊細だったり、精巧で様々な造形物である果実を採集し、種子というエネルギーの塊を取り出すときはいつも気分が高揚します。

果実や種子の形態的な多様性はその散布方法と深い関係があります。

普段その場を動かない植物が、そのライフサイクルの中で移動できるチャンスは、花粉そして種子の散布の時。どちらも次の世代に繋ぐとても重要なイベントで、植物はその移動手段として巧みに周辺環境の力を借ります。

種子散布の重要性はリスクを分散させて、定着の確実性をあげることにあります。多くの植物はできるだけ親植物から遠くに移動し、同胞たちとの光や栄養をめぐる競争をさけたり、親植物やその土壌に存在する寄生者にさらされる危険から逃れたりします。

種子の散布方法には大きくわけると、
・水散布
・風散布
・動物(虫も含む)散布
・自力散布:果実が成熟すると裂けて種が飛び出すなど
・重力散布
があります。そして多くの場合これらの組み合わせによって移動します。

植物の種や果実のかたちや色、大きさなどの特徴はこういった散布方法の成功率を高めることに基づいて進化していきました。

これはサワグルミ。

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こんなふうにぶらさがる、とても長い果穂に成る果実には翼がついていて、乾燥し茶色くなると風に飛ばされて散布されます。水に浮かぶので川や土砂による水散布で移動することもできます。

エイレンソウは熟した果実が避けて種子がこぼれて、それをアリが運びます。

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エイレンソウの種子のようにアリが散布する種子にはエライオソーム(Elaiosome)というやわらかい白っぽい付着物がついています。エイレンソウのエライオソームはべたべたしています。エライオソームは脂肪酸、アミノ酸、糖を含んだ物質でアリを誘い、アリはその種子を巣まで運び、エライオソームだけ食べて残り部分、つまり種子を放置します。スミレやカタクリ、カタバミの種子も同様にアリによって散布されます。

ピラカンサの小さく鮮やかなオレンジの果実。

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鳥も重要な散布者です。鳥に食べて運んでもらう実は赤や紫、白といったとても目立つ色をしてます。そして鳥が食べやすい大きさをしています。果実と一緒に鳥に飲み込まれた種子は鳥のお腹の中で消化されずにフンと一緒に排出されます。鳥の消化器官を通過した種子は酵素によって固い種皮組織が壊され、発芽に必要な水が浸透しやすくなります。一緒に排出された窒素を含んだフンは新芽の栄養となります。

このように、植物と動物の間にはどちらにも有利な共生関係を結ぶものがたくさんいます。

以前、母と妹家族と一緒にプーケットに行ったときに、自然保護区の中にあるThe Gibbon Rehabilitation Projectという、違法に捕獲されたギボン(テナガザル)を保護して野生に戻す取り組みをしているリハビリテーション施設に立ち寄りました。

ボランティアスタッフがギボンの現状について説明してくれました。
野生のギボンの子猿はペットや観光の見せ物用として、密猟者による捕獲がなされてきました。多くの母親猿はその際に殺され、ギボンはもっとも絶滅が危惧されている動物の1種となってしまったのです。
ギボンは甘い果実を好み、種子は消化器官を通って排泄されるまでの間に遠くまで運ばれます。ギボンは東南アジアの熱帯雨林で主要な種子散布の役目を担っている動物です。ギボンなき森の多くの木々は種子の散布者を失います。

熱帯林では樹木種の70−90%以上が動物が果実を食べることによる動物散布に頼っているといわれています。種子散布を担う動物がいなくなれば、共生関係にある植物は世代交代が困難になり、森の生態系はくずれていきます。

生き物の関係性は食う食われるの関係だけで成り立っているわけではありません。生物の複雑な関係の中にはたくさんの共生関係が存在しています。お互い共生関係を築いて進化してきたからこそ生物の多様性が生あるのです。人間ももちろんこの複雑なバランスの生態系の中に組み込まれています。

動植物の生息地の破壊、違法取引、病気の蔓延、地球温暖化など様々な要因により植物も動物も生物の歴史に例を見ない速さで、多くの種が絶滅していっています。残念ながら今の現状を考えると、人間と自然のポジティブな関係性のある未来を想像することは容易ではありません。

破壊や搾取を生み出す現状のシステムから、共生関係を築くことに本気でエネルギーを注ぎシフトしなければ、生物の多様性も生態系のバランスも、人類が築いてきた文化も、私たちの後に続く世代の生活も後戻りができないくらい損なわれてしまいます。
環境問題を考える時に、この共生、ミューチュアリズムはとても重要なコンセプトだと思います。


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