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宝塚・轟悠さんの退団に思う「個の時代」

 昨日、今日と宝塚関係でビッグニュースが入ってきたので、今日は占い師としてではなく、宝塚ファンとして思うところを書かせて頂きます。

 宝塚ファンは舞台だけでなく人事や生徒さんたちの人生航路も含めて見守り、楽しむ人種だと思います。そんなファンをどよめかしたのは、昨日の元星組だった星蘭ひとみさんがトヨタの御曹司・豊田大輔氏と結婚するというニュース。こちらは明るくおめでたいものでした。

 ところが、今日また別の意味で驚きのニュースが飛び込んできました。元雪組トップスターで、専科に所属し、理事から特別顧問に就任していた轟悠さんが今年10月1日付けで退団するというのです。

理事の轟さんは死ぬまで宝塚に在団すると思われていた

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 宝塚の理事というのは、「白薔薇のプリンス」「永遠の二枚目」の異名を取り、98歳で亡くなるまで現役生徒であった故春日野八千代さんの跡を引き継ぐポジションでした。ファンとしては、理事を引き受けたのだから、死ぬまで宝塚にいて舞台に立ち続け、後進の指導に当たるのだなと勝手に想像していたわけです。

 昨年、理事から特別顧問に就任するという発表があった時点で、活動内容は変わらないという説明に「だったらどうして特別顧問なんだろう?」と違和感を抱いた人も多かったと思うのですが、もしかしたら、それが退団の伏線だったのでしょうか。

外国人を「男にしか見えない」と驚嘆させたレッド・バトラー

 私は約20年くらい宝塚から離れていた時期があり、轟悠さんのトップスター時代は知りませんが、代表作はDVDで見ています。宝塚の御家芸となった『エリザベート 』の初演。轟さんはエリザベートを暗殺するルキーニ役でした。ルキーニは最初に舞台に登場する狂言回しの重要な役ですが、轟さんが今のルキーニの原型を作り上げたと言っていいでしょう。成功の立役者と言っていいと思います。

 同じく映像で『凱旋門-エリッヒ・マリア・レマルクの小説による-』の初演と外国人が「男にしか見えない」と言った『風と共に去りぬ』の」レッド・バトラー。いずれも大人の男で過去を引きずった女性が演じるには難しい役です。前者で第55回『文化庁芸術祭』 - 演劇部門優秀賞、後者で第28回『菊田一夫演劇賞』 - 演劇賞を受賞しています。どちらも偶然、YouTubeかニコニコ動画にアップされていたのをチラ見したのですが、余りに素晴らしい演技に引き込まれ、最後まで一気に見てしまいました。

リンカーンの演技に感動のあまり席が立てなかった

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 生の舞台で見たのは、2013年3 - 4月、星組『南太平洋』、2014年7 - 10月、星組『The Lost Glory-美しき幻影-』 -、2016年2 - 3月、花組『For the people-リンカーン 自由を求めた男-』2016年11 - 12月、宙組『双頭の鷲』、2018年2月、星組『ドクトル・ジバゴ』、2018年6 - 9月、雪組『凱旋門』。そんなり見ていないと思いましたが、6本の主演舞台をこの目で見ていたんですね。

 轟さんが演じる役は本当に完成度が高いのですが、その中でも『For the people-リンカーン 自由を求めた男-』で演じたリンカーンはまるで目の前にリンカーンがいるような完璧な演技で、終わった後に感動して席を立てなかったほどです。女性があの髭面のリンカーンを体現するのがいかに難しいか、肖像画を見てもおわかりいただけますよね。緻密に計算し尽くした役作りをする人なのです。

 あまり公言していませんが、私は「理事」と呼んでいた轟さんの舞台が好きでした。ファンというより、プロフェッショナルとして、どんな作品でも観客の期待を裏切ることのなかった彼女は凄いと思っていましたし、尊敬していました。

 その一方、自分も20代から30代半ばくらいまでの「若さという花」を宝塚に捧げ、男として生きる「男役」にとって、一人だけ40代、50代に入っても主演としてセンターに立たねばならない大変さも感じていました。

舞台で主演すればトップ男役の役を奪ってファンに恨まれる

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 トップスターは平均3年、短期なら1年、長期でも最大6年くらいで退団していきます。3年が任期なら、その間に宝塚大劇場と東京宝塚劇場で上演される昨日は5〜6本です。つまり、ファンにとっては、ご贔屓がやっとトップスターになっても、主役としてセンターに立つ姿が見られるのはそれだけだということです。

 ところが、轟悠さんがどこかに組の作品に主演してしまうと、トップスターは二番手の役をやらなければなりません。星組『The Lost Glory-美しき幻影-』と雪組『凱旋門』がまさにそれでした。それでも当時星組のトップスターだった柚希玲音さんは6年もトップを勤めた人でしたから、1本くらい譲っても良いかなという雰囲気はあったように思います。

 一方、『凱旋門』は雪組のトップスターが望海風斗さんでした。彼女は実力がありながらトップ就任が89期の中では一番遅かった人なので、ファンとしては主演をとられたという意識があったことは否めません。望海さんは宝塚の100年を超す歴史の中でも屈指の歌い手ですし、持ち味も大人っぽいので、『凱旋門』の主役ラヴィックを立派に務める力量があったからです。

トシを取ると主演男役として演じられる役が狭まってくる

 それともう一つ、轟さんの立場を難しくしていたのは、年齢と共に演じられる役が狭まってくることです。ご本人はギリシア彫刻のように彫りの深い、日本人離れした美しい顔の持ち主ですが、40歳を過ぎてロミオのように、若さゆえに恋愛に突っ走るような役は出来ません。それに娘役は年次が若いうちにトップになるので、徐々に自分の娘くらいの年齢になってしまいます。

 宝塚以外の劇場(別箱と呼ばれる)の主演であっても、ラインアップを見ていると、轟さんが主演してもおかしくない作品を演出家が一生懸命探してきているような感じがしました。50代の男が恋愛するとなると、『マディソン郡の橋』とかになってしまいます。でも、宝塚ファンが見たいのは王子様なんですよね。そのギャップを埋めるのも容易ではありません。

理事は天皇陛下のように崇敬の対象かつ孤高の存在

 このような事情があって、「理事が出るのは別箱だけにして欲しい」とか、「後進の指導に当たればよいのでは」といったコメントがブログなどSNSにかなり書き込まれていたと記憶しています。

 私は若い頃に日本舞踊を習っていました。師匠から「1日先に入門した先輩は一生先輩だから、決して前を横切ってはいけない」と言われたものです。宝塚も上下関係が厳しい縦社会ですから、生徒さんたちは「この機会に学ばせて頂きます」とか「そばで演技を拝見していると、本当の男性にしか見えなくて凄い!!」とか、共演をポジティブに、光栄に思うといったトーンで話されていましたが、私はその様子を見ていて、「轟さんって、天皇陛下みたいだな」と思ったものです。

 天皇陛下はもちろん崇敬の対象ですが、日本に一人しか存在しないゆえに、同じ立場の人がいません。当然、孤高で孤独なお立場のはずです。それでも、現上皇は美智子上皇后が傍で支えられ、令和天皇は雅子皇后がパートナーとして支えておられます。

 ところが、宝塚の生徒は未婚が原則なので、轟さんは一人です。若さが売りの組織の中で、一人だけトシとっていくのに、「男役芸の体現者にしてお手本」であらねばならないのです。それがどんなにシンドイことか、想像に余りあります。

現役時代に偏見なく舞台や演技の評価をして欲しかった

 ただの1作品も手を抜くことなく、高みを目指し続けた孤高のスター、轟悠さん。インターネットのない時代なら、ネット上の書き込みを目にすることもありませんが、今は違います。自分の名前を打ち込めば、なんでも出てきてしまう時代です。

 宝塚歌劇団が3月1日に「SNSやインターネット上における誹謗中傷等への対応について」と題して、今後は弁護士等と協議のうえ、しかるべき法的措置を検討すると声明を出したのは、傷ついた生徒やスタッフが万全な状態で舞台に臨めないほど追い詰められるケースが実際に起こっているからでしょう。

 轟悠さんの退団がそうした誹謗中傷と関係しているかどうかはわかりませんが、三浦春馬さんの時もそうであったように、もう新しい作品を見られない事態になってから、「素晴らしい役者だった」「もっと演じる姿が見たかった」といった称賛を寄せるくらいなら、現役時代に偏見なく舞台そのものを評価して欲しかったと思います。

「個の時代」に特定の人間に我慢を強いる理事はいらない

 とはいえ、昭和天皇がご自身が御存命のときに退位を決意されたように、轟悠さんも一人の個人として、自分の進退を決める権利があるわけです。「もう男役を究め尽くした」とか、「これからは普通の女性として生きたい」「もっと自由な時間をもって、絵を描いて過ごしたい」と思われたのなら、それは尊重されてしかるべきです。理事や特別顧問は人柱ではないのですから。

 残念なのは、35年以上も宝塚歌劇団に貢献されてきたのに、最後の舞台が宝塚大劇場や東京宝塚劇場で上演されないことです。せめてサヨナラショーだけでも本拠地でやって、全国のファンに向けてライブ配信し、挨拶する機会を設けるべきではないでしょうか。そういう温かい配慮がなければ、もう轟さん以降、理事など引き受けるトップスターは皆無になるかと思われます。

 あるいは「風の時代」は「個の時代」なのですから、特定の人間に我慢を強いるポジションなら、理事など廃止しても良いのかもしれません。伝統というのは、時代に合わせて刷新することで守られるものですから。





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