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半年間noteを書いてみて気付いたこと。

#週1note 第2弾も最終回だそうです。
そして記事も21投稿目。
今日は半年のまとめとしてnote振り返りをしようと思います。

もしかして、伝えたいことって...?

シンプルにやってみて思ったことは
「結論が似たり寄ったりだ!」ということ。

「本当に大事だと思っていること」を中心に、
何事も語っているから、
違う角度から、異なる題材で言い換えているだけで、
世界の切り取る方法も切り取り箇所も似ている。

この半年伝えたかった、大事だと思ってたことを
まとめてみたら以下の5つになった。

<gomiの大事にしてること>
・感動体験に猛烈に価値を感じてること
・問いを問いのまま持ち続けること
・強い仮説は立てるが、答えを決めつけないこと
・哲学や信念を持つこと
・愛や感謝に気付くこと

これらも一言で表現しようと思ったら
すぐにできそうなくらい近い概念だと思う。

自分が社会に何をメッセージしたいのかが見えてきたなと思いつつ、
その上で、さらに気づきがありました。

見える世界の「捉え方」を発信しただけで
今や未来の話をしていなかった..!

最初に観察日記って言ってたくらいだから、
まあそうだよなという感じなのだけれども
私のスタンスがそのままアウトプットされている..!
と振り返ってみて初めて見えてきたことでした。

今までからわかる自分のスタンスは
「いかに自分の世界観を表現するか」
「相手に上質な気づきを与えられるか」

という、例えるならアーティストであって、
作品をつくるときの在り方。

作品は鑑賞するもの。
現実をつくるのは「行動」を生む
「コミュニケーション」

自分から発せられる全てのアウトプット=自分の作品
だという常識が自分の中には強くある。
ちゃんと伝えたいし、ちゃんと責任や自信を持ちたい。
だからこそ表現を磨く努力は必須だ!!と思ってた。

でも、あれ、もしかして、
アウトプットの中でも、
「発信」「会話」は
=作品にしてしまっていては
ずっとひとりぼっちなのではないか...?


私はワンピースにも勝る仲間が欲しいと思ってるし、
人と一緒に何かをつくることがとても好きだし、
最高の打ち上げして、美味しいお酒飲みたいし、
究極、そういう体験の積み重ねが人間の豊かさだと思ってる。

その割に、自分の見える世界だけ語ってて、
巻き込まれたいと思うワクワクコンテンツを生んでない。

人と何かをしたいのであれば、
巻き込まれたいと思う、巻き込むことのできる
行動を生む種のある発信をした方が良いのでは!!

というのが、半年間やってみての一番の気づきでした。

過去を見てどう捉えたか、頼るのではなく
少し先の未来を掻き分けて描いていくことに、
「みる」力を使いたい
なと思ったのでした。

今未来に感じていること

これから未来は、
「体験」「感動」「感情」
が豊かさの尺度の中心になろうとしてる

確信めいた感覚があります。(根拠はない)

お金でも、おしゃれさでも、名声でもない。

心が動いた振れ幅を数値で測れるのであれば、
それが世界共通の通貨になるんじゃないかとも思う。

営業成績も人事評価もそうしたらいいと思うくらい。
「体験」「感動」「感情」を凝縮してアートに昇華できるのであれば
それは何より希少で高価な作品になるとも思っています。(つくりたい)

まだ数値化されていない「それ」を
どうやって見えるようにするのか、
どうやってつくれるようになるのか、
そもそもどのレベルの「それ」が存在するのか、
それが、日々私が向き合ってる
生きることの原動力です。

言葉はまだまだ足りてませんが、
雰囲気伝わるかなあ....笑

100%同じじゃなくても、方向を一緒に向いた人と
この価値を形づくっていく仲間を集めたいので、
過去を見て考察するのではなく、今や未来に目線をあげて
後半の半年間はnoteを書いていきたいなと思います!

おしまい!