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掃除と、奇跡みたいなタイミングで流れた歌 #好きなうたの記録 エッセイ編【9】


朝。スーツを着て、クローゼットからベルトを取るとき。
S字フックには細く編まれた明るい茶色のベルトがかかっていて、それはもう正面から鉄の塊でぶん殴られるかのように、「月曜日」を感じた。私服で使う茶色の奥に、スーツ用の黒いベルトが肩身狭そうに顔を覗かせている。え。これ、取らなきゃだめ? たった12時間ほど前、この茶色のベルトを身につけた私は、大好きな人の舞台を鑑賞していたというのに。現実。どうしようもなく現実。

金、土、日と楽しいハッピー盛り沢山な週末を過ごして、そこからの落差が大きすぎる。連日のライブと舞台に加え、地元の友達にも久しぶりに会い、喋って飲んで喋って喋って食べて喋って、たくさん笑った。特にずっと楽しみにしていたM!LKのライブは夢みたいだった。夢から覚めたくなさすぎて、満月の夜にずっといたくて、昨夜は本気で泣きそうだった。私はわりと、ライブでもらったパワーを日常の活力にすぐ切り替えできる方だと思っていたんだけど。えー、本当に無理。

と、家を出なければならない時間の3分前までうだうだぶつぶつ毒を吐きながら、3分を切り、あ、やば、と急いで窓を閉め、電気を消した。後ろから取り出した黒いベルトをきゅっと締めて、人前に出られる表情に整える。


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月曜の朝は、掃除をする。月曜の朝なんて大抵ブルーな、いや、ブルーを超えてブラックな感情を抱えているというのに、掃除なんてしたくない。だっる、と正直な毒がまた出たけれど、さすがに今度は心の中に留めた。今日は外当番だったから日差しが照りつける外へ出て、竹ぼうきを手にした。

ザッ、ザッ、ザッ。
アスファルトの上を竹ぼうきが走る。音を聞きながら、散らばっている落ち葉を一か所に集めていく。少し投げやりに掃いてたから余計にその音が大きかったのかもしれない。ふと、落ち葉の多さに、秋の訪れを感じた。

ザッ、ザッ、ザッ。
本当によく落ちている。毎週の掃除にやる気が出ないのは、小さな砂しかなくてやり甲斐がない、というのもひとつの理由だった。しかしこれだけ落ちていれば、多少は重い体を動かす意味を感じる。

ザッ、ザッ、ザッ。
縁石の奥や角まで手を伸ばす。ほうきの角度的に微妙に取れないところにある葉っぱは、エイッと手で取った。スーツが汚れないように裾を気にしながらしゃがんで、ちりとりで落ち葉を掬う。それらをゴミ袋にザザーッと捨て、袋を揺らして中を均して、よし。終わり。

散乱していた葉っぱがなくなって、すっきりした。綺麗になったのが嬉しいというのはもちろんあるけど、無心で掃除する行動そのものが気持ちよかった。なんだか、心の毒も掃除された感じ。特に普段そんなことはないのだけど。でも、よかった。


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寝起きの曇り感情が80%だとすれば、嫌なはずだった掃除で40%くらいには落ち着いた。そうしてミーティングを終え準備をして、車で会社を出る。お仕事開始。

プレイリストをシャッフル再生すると、ドラマストアの『Work&Work』が流れた。

くだらないジョークで笑いたい
朝まで酒を飲んで騒ぎあってたんだ
あの日々に戻りたい

それな!?!?!?
午前5時のすき家を思い出した。

つまらない上司に笑えない
気づけば2年目って?
何してんだろうな
進んでるようで進んでいないストーリー

この曲を今年知れたことに運命を感じる社会人2年目。

つまらない常識を抜け出せないで
威張ってる大人なんてかっこ悪いな
それでも俺以上に生き残ってきたストーリー

それなのよね〜〜〜〜〜。ハア? って思うような人も、現時点では全員、自分よりも長く社会人してきた大人。この感情は自分の未熟さゆえなのかと思ったり、なんでこの人がこの立場にいるんだとやるせなくなったり、まぁ、いろいろあるよね。

つまらない毎日から逃げたい
それならそれもいいさ
生きることとは 働くことじゃないだろう?

笑った。そして、すごく、力が抜けた。
この曲を聴いて本気で今日仕事を休むとか辞めるとか、そこまでの行動には起こさない。起こす人の方が少ないと思う。うまく言えないけれど、「いっそのことやめちゃえ!」という見方によっては投げやりにも思えるこの曲が、もう一人の自分となって代わりに嫌なことを放り投げてくれた、みたいな感覚だった。現実はそこまで簡単じゃないのだけど、〈やめればいいのさもういっそ〉と言ってくれる存在に、救われることもある。




信号待ち、鼻歌というには少し大きすぎる声で口ずさみながら、自分の心の軽さに気づく。曇り感情、10%くらいにはなったかも。
今週もなんとか、乗り切りましょうか。

きっと守るべきものは こんな暮らしの中には無え!


#好きなうたの記録

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