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夜明けの鍵


朝焼けがどうしても見たくて、車のキーをポケットに入れた。クーラーが効きすぎた一人の部屋では、私以外みんな死んでいる。あの人が脱ぎ捨てていった服だけが、まだ生き物の暖かさを残していた。冷め切ってしまう前に、新しい日を見に行かなきゃ。

夜明け前の浜に腰を下ろすと、砂はほんのりと暖かかった。それだけで縮こまっていた心が解けた。目を瞑ると、身体が潮の音で満たされていく。寄せては返す音、まるで心臓の鼓動のようで、私はじっと耳を澄ませる。

水平線が白く発光する。夜空を染めていた黒が濃紺に、やがて藍色に変わる。瞬きする間に移り変わっていく世界で、夜の気配が引く波のように消えていく。

夜明けだった。砂浜に一人膝を抱える私は、目まぐるしく色を変える世界を見て、自分の小ささに安堵した。座り込んで空を見据えながら、必死に守ってきたちっぽけな自分が、朝焼けに溶けていくような、そんな気がした。

ここから、と自分の声がした。ここからまた、歩いていく。何度夜が来ても朝がまた訪れるのなら、何度絶望してもいつか和らぐ。だから大丈夫。後少ししたら、立ち上がって車に戻ろう。ポケットの中の車のキーを感じながら、そう考える。だけどもう少しだけ、静かに燃える空を見ていたい。あと少しだけ。

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