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社会の実験台になってから

一年前くらいに、向暑はるは”東京”に降り立った。

何度も尋ねた地ではあるし、住んでもいたけど、それまでとは比べ物にならない威圧と窮屈さが漂っていた。

手には地元からの”片道切符”を汗とともに握りしめていた。

そして数週間後に向暑はるは社会の実験台になっていく。

これまでは自分自身の実験台の中で生きてきたから、指揮者はもちろん向暑はるだったし、

その”施設の中”にいるみんなは向暑はるの好きな人しかいなかった。

でも社会の実験台には苦手な人間もいるし、

向暑はるは下っ端中の下っ端として実験をフォローすることしかできない。

それにこれの実験台では失敗も爆発も基本的には許されない。

そんな”東京”が始まってもう一年が経とうとしている。

向暑はるの実験台にいたある人が、社会の実験台は時間の概念がここより数段と早いと言っていたけど、どうやら本当らしい。

起きている時間も以前よりも格段と長いはずなのに、感覚的にはまだ半月くらいしか経っていないようにも思う。

”帰りの切符”を買う目処は今のところ立っていないけど、自分自身の実験台が恋しくなってくることが最近は多くなった。

それを”東京”では逃げと言うこともあるらしけど、向暑はるからすればそれは古巣に帰るということでしかない。

好きな人と自由な空間で、成功と失敗と爆発を繰り返したあの日々を思い出している。

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