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一人は楽だと言うけれど

気づけば終業30分前になっていた。

残りの業務もあと一つ。

どうやら定時で帰れそうだ。

いつものように人が出入りする会社の入り口付近で、いつものようにドアの閉まる音がした。

それと同じタイミングで誰かの叫び声が聞こえた。

痛々しい叫びだった。

指でも挟んでしまったのかと、恐る恐る入り口のドアに近づいた。

そんな軽い話ではなかったと、目の前の光景を見て知った。

さっきまで普通に仕事をしていた人。

普段と変わらずに大きな声で電話の対応をしていた人。

昼食の席がいつも隣の人。

倒れていた。

周囲の反応を見る限り、急な出来事だったらしい。

周囲の大人たちはすぐに助けに向かい、誰かは気道の確保を、誰かは救急車を呼び、誰かは必死に声をかけていた。

向暑はるは何もできなかった。

幸いなことに意識を取り戻したようで、命に別状はなさそうだった。

救急車の光が今でも目の奥から消えていない。

ちょっとだけ残業をした帰り道。

一人の帰り道を進みながら、考える。

今ここであの人のように倒れてしまったら、たぶん誰も助けてくれない。

倒れた人間を必死に助けてくれるような大人たちはここにはいない。

一人が辛いとはあまり思わないで生きてきたけど、一人だと何もできないというのは身に染みて感じている。

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