⑥いつだって人生は…
田園都市線の駒沢大学駅から歩いて7分ほどのマンションに俺は住んでいる。
友人と三軒茶屋や下北沢で飲み過ぎても、タクシーで二千円も払えば帰れる距離がお気に入りだ。
マンションの前に立つと、部屋に明かりがついている。
加奈が来ているようだ。
「ただいま」
「おかえりー!」
1DKのマンションの小さいキッチンで加奈が料理をしていた。
「来てるならラインくらい入れてくれればいいのに。ごめんな。散らかってて」
「うんうん。全然大丈夫。なんかさーはるのに会いたくなっちゃってさ」
加奈は都内の病院で働いている看護師だ。
昨年の頭に、合コンで出会い付き合うことになった。
当時加奈は付き合っている男性がいて人数あわせで呼ばれただけだった。
だが、そんな加奈に俺は一目ぼれし無理やり友達から連絡先を聞いた。
俺が頻繁に連絡をとっていると彼氏と別れようと思うという相談がきた。
俺はそこで加奈をデートに誘い猛アタックした。
そして加奈が別れる事を聞き、その夜一緒に食事に行って酒を飲んだ。
加奈は酔いながら、元カレの思い出を語っていた。
少しだけ悲しそうな眼をする加奈が愛しくなり、
帰り途中に俺は加奈にキスをした。加奈は抵抗しなかった。
そこから加奈との付き合いが始まった。
「ラジオ消したほうがいい?」
「いや大丈夫だよ」
加奈はラジオを聴きながら家事をする。
加奈にとって、それが至福の時間だった。
めんどくさい病院の人間関係など忘れる事ができるらしい。
俺はネクタイを外しスーツを脱ぎ着替えた。
加奈とは同棲していないが、半同棲の形でお互いの家を行き来していた。
「はるの、最近いそがしそうね。」
「そうだねー。ちょっと4月立て込んでてさ。あ、新入社員も入ったし」
「へーそうなんだ。男の子?」
「女の子だよ。今年23歳だから加奈の4個下かな」
加奈はフーンと言い、作っていたポトフを小さなローテーブルに置いた。
二人用の小さなテーブルだったが、加奈と一緒に食事をする為に買った物だった。
そこにポトフとサラダと簡単なお惣菜を置いた。
「ありがとうな。明日仕事だろ?」
「うん。なんか気合いはいっちゃってさ」
俺は笑いながら飲み物の準備をする。
加奈の前にはチューハイを、俺の前にはビールを置いた。
「あ、あたしウーロン茶でいいや」
加奈はそう言って、チューハイを戻した。ラジオはつけたままだった。
食事をしながら今日の出来事をお互いに話した。
加奈は今度試験があるらしい。
その試験勉強を来週くらいから始めなくてはいけないと言っていた。
真面目な加奈は手帳に「勉強開始」と書いている。
加奈の手帳にケーキが見えた。
そろそろ加奈の誕生日だった。
実は付き合っていることを有耶無耶にしているつもりはないが、きちんと告白ができていなかった。改めて誕生日に加奈が好きだと自分の気持ちを俺はちゃんと伝えるつもりだった。
「そっちこそ、どんな子だったの?」
加奈がふいに話しかける。
「え?」
「いや後輩ちゃん」
「そうだね。ちょっと変わっている子だったよ」
「どんなところが」
「なんかいろいろと。でもうちの部署が配属希望じゃなかったんだって」
「そうなんだ。かわいそうね」
俺はビールを飲む。
「まぁでも仕方ないとも思うけどな。俺だって人生どうなるかなんてわからないし、いつだって予想外の事は突然起きるじゃん」
「そうだよね」
加奈は静かにポトフを食べている。
「俺と加奈だって出会えたこと奇跡みたいなもんだしな」
「うん」
俺は(誕生日にちゃんと告白するからな)と思いながら、加奈の方を見た。
加奈は静かに立って、ポトフを流し場に持っていく。
「あたし、できちゃったみたいなんだよね」
「え?」
加奈はこちらに背を向けている。
「子供」
「…ん?」
「生理…こないんだ。」
「…まじで?」
「うん」
俺は茫然とした。
二人の間に沈黙が流れている。
人生はいつだって予想してなかった事が起きる。
部屋には、ラジオのDJの声だけが流れていた。
「それでは聞いてください♪小田和正で『ラブストーリーは突然に』!」
続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?