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➉営業部の青木さやか

「はるちゃ~ん、元気だった?」

弊社ビルの最上階にはカフェスペースがあり、
奥のテーブルで立ち上がった身長170cmほどのパンツスーツ姿×ショートカットが笑顔で振り返る。

それが辰巳だった。

産休から戻って来たのだった。

俺は辰巳が苦手だった。
ルックスも青木さやかに似ており、あまり好きな見た目ではなかった。


テーブルに着き、辰巳の正面の位置で俺と後輩ちゃんは座った。


「辰巳さん、産休から戻って来たんですね」
「そうね。もうすぐ一歳になるわよ。はるちゃん、さびしかった?」

辰巳は帰国子女だった。
外資系クライアント中心に活躍し、プレイヤーとしてのキャリアを伸ばしていった。
海外かぶれのお姉ちゃんっぽい馴れ馴れしい感じが、俺は苦手だった。

「そうですね。」
「ふふ。その苦笑い相変わらずね」

辰巳はその眼で後輩ちゃんの顔を見る。
後輩ちゃんから「ビクッ」と背筋が通る音が聞こえるようだった。

「あら、その子は?」
「あ、新卒の後輩ちゃんです」
「後輩ちゃん。よろしくね」

辰巳の苦手な所は一瞬で表情を変える所だった。
後輩ちゃんに見せた笑顔から、俺を見る顔に全く笑顔はなかった。

「担当ははるのなの? 結構大きい仕事よ」
「大丈夫です。後輩ちゃんはあくまでサポートです」
「このプロジェクト営業部は新卒なんて入ってないわよ。メディア戦略部は舐めてるのかしら?」
「そんなつもりではないです。基本的には俺がやります」
「久山さん」
「え?」
「久山さんメイン。はるちゃんサポートでお願いしたんだけど、わたしは」

辰巳の苦手の所はこういうところだ。

基本的に新入りを認めない。
自分より年下はずっとレベルが低いと思っている。

腹が立つ。
握り拳が強くなった。


「大丈夫ですよ。久山さんなしでも」
「ま、信じるわよ」

そんな不穏な空気を切るように、俺はPCを立ち上げた。

「で、具体的にどんなアウトプットを用意すればいいんすか?」
「全体的なメディア戦略がほしいの。ストーリーはこちらで用意するわ」
「了解です。予算とかってわかります?」
「一旦単月3千万よ。それで見積もりまでおねがい」
「メディア戦略と見積りですね。」
「そう。広告だけお願い。細かいKPIは追ってメールするわ」

それからおおよその内容を詰めた。

基本的なコンペでは商品情報が与えられ、予算と期間が与えられる。
そこからはどのようなクリエイティブ(画像とバナーとテキスト)をどのようなメディアで配信するかが勝負の分かれ道となる。

我々メディア戦略部の役割は、
どのようなメディアにどのくらいの予算を掛けるかを選定するところだ。

「三千万っていうのはクリエイティブの制作費は別?」
「いや、今回クリエイティブは先方制作の予定よ。静止画」
「静止画かー。了解です」


SNSとGoogleとYahooで露出を増やす。
検索型広告できちんとキーワードを抑える。
まぁ普通だが、これが勝ちパターンだろう。


「はるちゃん的に他はどう思う?」
「長期的なロードマップを用意したいです。後、体制図も厚くみせたいっす。この情報では、多分あまり代理店ごとの差はないと思うのでその辺で差別化しましょう」
「オッケー。任せといて。細かく連絡取りましょうね」

辰巳の事は苦手だが、仕事はできる。
何より細かく、抜け漏れがない丁寧な仕事だった。

それから大枠の提案の内容を話し、あっという間に時間が過ぎた。
後輩ちゃんも必死に聞いていた。

今日セフレを妊娠させた先輩と後輩の二人の姿はそこにはなかった。

次の予定があり、俺は立ち上がった。

「あ、そういえば。辰巳さん」
「ん?」
「プレゼンはいつですか?」
「来週の金曜よ」

俺はスマホを開く。木曜だった。一週間ちょい。
圧倒的にタイトなスケジュールだった。

「ビビったかしら?」

辰巳が笑っている。
俺と後輩ちゃんは苦笑いをする。

来週は長くなりそうだ。


(完)

↓コメント

第一章終了です!
ありがとうございました!!
第二章は年明けから更新します♡

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