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OSAKA 橋と物語 跳ねる指 3/6 at 筑前橋

3

翌日、かずしは入手した情報を彼女に伝えたく、昼休みをまだかまだかと待ちつつも、高木の追随をどう交わすかに頭を悩ませた。ついに昼休みとなり食堂に向かうと、昨日と同じ席に彼女がいた。向かいに一人女性社員がいて会話をしながら食事をしていた。かずしは彼女の一つ手前のテーブルに着き、彼女の背中をチラチラと覗っては、不味い弁当を口に運んだ。

遅れて食堂に来た高木はかずしの横に座ると、コンパで知り合ったの女の話を始めた。かずしは機械的に頷き、機械的に弁当を口にし無為に昼休みを消費した。昼休みが終わりに近づき、彼女の向かいの女性社員が先に席を立って食堂を出ていった。依然、高木はかずしの隣りでしゃべり続け時間は刻一刻と過ぎていった。ついに彼女が立ち上がり食堂の出口へ向かうため振り返った際、かずしとまともに目が合った。彼女が会釈にかずしはそっと会釈を返した。思いがけないやりとりにかずしの胸は高鳴った。同時にただただ隣の男が疎ましかった。高木は二人の挨拶に気づいた様子はなく、コンパの話を続けていた。

腕時計をちらりと見ると、就業時間まで残り五分を切っていた。もはやかずしは高木がトイレに立つの願うしかなかった。しかし、昨日よりも彼女は早く席を立つとかずしと高木の横を通り過ぎ食堂を出ていった。しばらくして、高木が席を立ちトイレへと向かった。かずしは項垂れ、苛立ちを向かいの席の椅子にぶつけ、椅子の脚をつま先で小突いた。

「あの」

かずしはもう一度、小突こうとした足を止めた。テーブルの傍らに彼女がいた。

「昨日はありがとうございました。帰りに病院に行ってみたんです。そしたら、専門病院での診察を勧められました」

「あ、そうなんですね」

咄嗟に気の利いた返しができず、次の言葉を探しているうちに、無情にもチャイムが鳴った。彼女は慌ててもう一度礼を言い、頭を下げてから食堂を出ていこうとした。

「ああ、あの、待って、これ!」

かずしは作業着のポケットに押し込めていたメモの折り紙を取り差し出した。彼女は手を伸ばさず、怪訝そうに眉をひそめた。

「病院は人伝ての評判て信用できるかと思って」

彼女はメモを受け取ると、ちらりと中身に目を向け、

「ありがとうございます」

と、また小さく頭を下げた。それが最後に聴いた彼女の言葉だった。

その日の就業を終え、帰宅するタイミングに携帯電話に派遣元の会社から電話があった。当初の二週間の勤務予定が、業務量低下で臨時雇い扶養となり、本日で勤務終了と通知された。単発短期のアルバイトにはよくあることだが、かつじは大いに落ち込んだ。帰宅後、姉に経緯を問いただされ、病院情報を提供してもらった手前、答えざるを得ず、メモを手渡したことと契約終了のことも含め報告した。

「なんで! 姉にきいて、情報伝えるから、携帯を教えてって言わないかな。手渡したメモに病院と医者の名前だけって」

姉は呆れ、かずしは自分に呆れ果てた。その後、就職活動に追われ、彼女のことは学生時代の小さく苦い思い出として記憶の底に埋まり掘り起こされることがないまま四年が過ぎた頃、彼女を思い出す機会があった。

就職し社会人二年目の五月のことだった。ゴールデンウィークにミナミに買い物に出ていたかずしは思わぬ人物に思わぬところで声をかけられた。当時、スニーカーにハマっていたかずしは月に一度定期的にミナミ・心斎橋・梅田の界隈のショップを回っていた。

「お兄さん、どっかで会ったことある?」

アメリカ村のショップでナイキのスニーカーを手に取ったかずしに店員が声をかけてきた。何度かその店で見かけた店員ではあったが、かずしの頭の知人リストには入っていない。

「いやあ、わかりません」

かずしはスニーカーを棚に戻した。店員は「ごめんね。気のせいか」と他の客に呼ばれ離れた。しばらく店内を物色し店を出たとき、高木さんと店員が呼ぶ声が聞こえた。店を振り返ると、かずしに声をかけてきた店員が返事をした。あの高木だった。かずしは逃げ足で店を離れ二度とその店には行かなかった。彼の人格がどうとかではなく、あの当時の自分が蘇り、気恥ずかしくて仕方がなかった。高木との再会と逃避が、もれなく彼女を思い出させたからだ。

それから三年。あの薄暗い食堂の窓際の席で見かけてから、およそ六年ぶりに筑前橋でかずしは彼女を見た。


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