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ベートーヴェンを毎日聴く287(2020年10月13日)

『ベートーヴェン/「憧れ」WoO134』を聴いた。

この作品は4つの曲が1セットになっているのだが、面白いのは4曲の詩は「全く同じものである」ということである。

詩はベートーヴェンが憧れたゲーテのもの。小説「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」に登場する詩である。

憧れを知っている人だけが、私の苦しみを知っている。孤独と断絶、すべての喜びからの。
嗚呼、私を愛した人は、今は遠くにいる。それによりめまいが起こり、体の中は燃えるようになる。
憧れを知っている人だけが、私の苦しみを知っているのだ。

ベートーヴェンは1808年、この詩に最初の3つの曲を付ける。ちょうどこの頃は売れっ子作曲家として忙しい日々を過ごしていた。そのため詩に合う曲のアイデアは3つ出たのはいいが、最終的に「これ!」と決めきれず、お蔵入りさせてしまったのかもしれない。

1曲目と2曲目は「ト短調」、3曲目は雰囲気がガラリと変わる「変ホ長調」である。

「ト短調」といえば、小林秀雄が「悲しみは疾走する。涙は追いつけない。」と評したモーツァルトの弦楽五重奏曲 第4番。そしてモーツァルトの作品の中でも、特に有名な交響曲第40番と同じ調性.。
モーツァルトを代表する調性とも言えるだろう。

しかし、ベートーヴェンの「ト短調」は極めて少ないのである。

(モーツァルト/弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K.516)

一方「変ホ長調」は、交響曲第3番「英雄」を始めベートーヴェンの中では一番多く登場する調性。腰を据えたような堂々とした、ちょっと固めにも感じる。

この相対する調性を採用したのは興味深いことである。

「悲しみを表すのはト短調だ」と思って、2つを作ってみたが、なんかしっくりこない。なので「得意な変ホ長調でも作ってみよう!」と思って3つ目を手掛けたのかもしれない。

4曲めはしばらく時間が経過した1810年に作られる。以前作った作品の楽譜を引っ張り出して再び手を入れることは他の作品でもよくあることだ。憧れのゲーテのこの詩がとても気に入っていたということもあるだろう。

しかし、ここでチャレンジしたのは再び「ト短調」。きわめて少ない調性だが、やはり「ト短調」にこだわりたかったことが伺える。

でもこの4曲目が一番成功している。抑揚、リズム、転調など変化が大きいのである。

ベートーヴェンの「ト短調」へのチャレンジ。そして作曲における悩みの過程を追うことができる作品ともいえる。


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