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芸術は作品と心の触れ合いだ。京都市学校歴史博物館に行ってみた。

京都に景聴園という日本画家のグループがある。いつの頃からか追いかけるようになって、今日はここにきた。京都市学校歴史博物館。

何回か門の前を通ったことがあったのだが、入ってみたのは初めてだった。元小学校。

常設展として京都の小学校の歴史資料を展示してあり、明治期からの変遷がよくわかる。

ぼくの通っていた小学校も名前が変わり、生徒数が増えて枝分かれしている。ちなみに桂小学校。今ももちろん存在している。

小学校の歴史とともに、画学校の変遷が展示されている。

教育に芸術を取り入れなければいけないと考え、京都府画学校を作ったらしい。この変遷はいろいろな形態があり、今は京都市立芸術学校と京都市立銅駝美術工芸高校になっている。ぼくの叔母は銅駝美術工芸高校の前身の日吉ヶ丘を出ている。京都府画学校は明治13年(1880年)の創設。

長い歴史があり、幾多の芸術家を輩出している。景聴園の人たちもこの芸大を出ている。

そのような関係もあるのか、ここでの展示出品をされることになっての訪問だった。

また両校や画学校にゆかりのある日本画が多数展示されていて、歴史博物館としての役割をになっていた。


芸術を一般の人々に学ばせるという、政治的な導入があって広く芸術家を輩出したのは、とても感慨深い。

ぼくは芸術の才はないけれど、芸術を学びたい人が公立の学校で授業を受けられるのは日本の豊かさにつながるのだと思える。

芸術というと「そんなもんで飯が食えるのか?」と言われる代名詞だが、今の時代東大を出ても飯が食えるかどうかはわからない。飯の種として芸術があるわけでなく、やはり豊かさの厚みをもたらしてくれるものだと思う。

芸術や音楽や工芸といったものの中には理解できないものも多い。はたして理解しなければならないものかと問うてみたら、その必要はなく、個人が「面白い」「これいいね」「なんか素敵だわ」と心と触れ合えばそれでいい。芸術に限らず、文学、物理学、心理学、医学もそれで構わない。あとはやってみたいという人が、その道に進めばいい。そこに損得勘定はいらない。

レオナルドダビンチは芸術家・発明家・戦術家いろいろな顔を持っていたのだから、一つの顔だけを持っていなくていい。

芸術をしながら何をやっても構わないのだから、安心して描いて欲しい。一つの作品が一人の心と触れ合えば、ふれあいの価値は無限に広がっていく。

ぼくがこうして書いていることも、経済価値はないけれど、誰かと触れ合えばそれで十分だ。

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