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永世名人「iPhone」にみる段位の高め方

松下幸之助 一日一話
11月10日 商品の段位を高める

いま、新しい開発商品が十品できたとします。十品とも碁や将棋にたとえると、初段の資格がある、いわゆる一人前の商品として一応は売れていくわけです。しかし、そのうちのどれか、これというものを取り上げて、一品くらいは永遠に名人として残っていく、という姿を生み出すことができないものかと思います。

今までの姿には、新製品ができて少し日がたつと、もう旧製品として消えていくのが当たり前、という考え方がありました。しかし初段のものを今度は二段にする、三段にする、四段にすることによって名人までもっていく。そういうことをたえず考えていく必要があると思うのです。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

マーケットにおける消費者ニーズが多様化する時代、並びにICTの進化発展により複雑化した市場変化のスピードが指数関数的に加速する時代において、ものつくり企業が息の長い名人クラスのヒット商品を生み出すことは、かつてより困難になってきていることは事実であると言えるでしょう。

そのような市場背景において求められる思考とは、かつてのような帰納法をベースとした意図的思考ではなく、演繹法をベースとした創発的思考であると言えます。更には、商品の開発手法においては意図的思考をベースとしたウォーターフォール型開発ではなく、創発的思考によるMVP(minimum viable product)をベースとしたアジャイル型開発が必要となります。

かつてはものつくり大国と言われ世界をリードしていた日本企業が、現状においてプロトタイピングに要する時間は、平均で400日(約1年1ヶ月)と言われています。これに対して、シリコンバレーでは240日(約8ヶ月)、更に現在世界のトップを行く深圳では90日(約3ヶ月)。つまりは、日本でプロトタイプを1つ作っている間に、深圳では最低でも4つは作っていることになります。

この大きな差を生み出す要因となるのが、前述した抜本的な思考法の違いをベースとしたウォーターフォール型開発とアジャイル型開発の違いであると言えます。短期間でMVPを作り上げ市場にリリースできるということは、イニシャルコストの早期回収が可能になるだけではなく、企業が陥りやすい限界的思考の罠を超える投資を行ない易くなることも意味しています。つまりは、機会損失を最小に抑え市場動向に併せた経営戦略を可能にすることに繋がります。

松下翁の仰る「初段の資格があり、一人前の商品として一応は売れていく商品」とは、ここでいうMVPであり、このMVPを市場ニーズに合わせインプルーブメントしていくことで、プロダクトの段位を上げ名人に持っていくことが理想であると言えます。

具体的な好例を挙げるならば、現在株式時価総額 1.16兆ドル(126.73兆円。109.25 円換算:11月8日時点)と世界トップ企業であるアップルの開発した「iPhone」は、名人商品を超えた永世名人クラスの商品であるといっても過言ではありません。永世名人「iPhone」は元からiPhoneだった訳ではなく、先ず初段「iPod」としてリリースされた後に、アジャイルを繰り返す中で段位を上げ続け新たに通話という機能的価値を加え名人に昇格すると同時に「iPhone」を襲名。それ以降は、名人「iPhone」としてアジャイルを怠ることなく地位を守り続けながら、竜王「Galaxy」や棋聖「Pixel」とのバトルを繰り返しつつ、永世名人「iPhone」を獲得するに至りました。

初段「iPod」の姿からは時代の数十手先を読むジョブズの先見性や戦略が見受けられましたが、ジョブズ亡き後に永世名人となった「iPhone」の姿には、時代の先を読みずぎず、変化の激しい目の前の一手に臨機応変に対応する「玲瓏(れいろう)」さすら感じるところがあります。

翻って、現在の永世名人である羽生善治さんは著書「決断力」(2005)にて、名人に至る要因となるヒントを以下のように述べていらっしゃいます。

…勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。組織や企業でも同じだろうが、常に前進を目ざさないと、そこでストップし、後退が始まってしまう。

七冠をとったあと、米長先生から、釣った鯛をたとえに、
「じっと見ていてもすぐには何も変わりません。しかし、間違いなく腐ります。どうしてか?時の経過が状況を変えてしまうからです。だから今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去なのです」…

盤上で将棋を指すときは創造的な世界に進む、一回全部をガチャンと壊し、新しく違うものを最初からつくるぐらいの感覚、勇気、そして気魄でいたほうが、深いものができるのではないだろうか。

守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ攻めなければいけない。私は、自分の将棋は常にそうありたいと思っている。…
(羽生善治さん著「決断力」)

「守りたければ攻めなければいけない」羽生さんのこの一言に、初段の商品を名人にする秘訣があるだけではなく、変化の激しい時代に企業が生き残るための必須条件があるのではないかと私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp


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