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素直な心と謙虚さを持ち耳を傾ける

松下幸之助 一日一話
10月25日 人の話に耳を傾ける

日ごろ部下の言うことをよく聞く人のところでは比較的人が育っている。それに対して、あまり耳を傾けない人の下では人が育ちにくい。そういう傾向があるように思われる。

なぜそうなるかというと、やはり部下の言葉に耳を傾けることによって、部下が自主的にものを考えるようになり、そのことがその人を成長させるのだと思う。けれども、自分の言うことに上司が耳を傾けてくれない、というのではただ惰性で仕事をするということになって成長も止まってしまう。

上司としてどんな場合でも大事なのは“耳を傾ける”という基本的な心構えをいつも持っているということであろう。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

松下翁の「上司のあるべき姿」を説いたお話ですが、「上司のあるべき姿」を考えるには、「上司の立場」と「部下の立場」の両側面から考える必要があると言えるのではないでしょうか。

先ず、部下の立場から考えるのであれば、HRM(ヒューマンリソースマネジメント)における内発的動機づけに不可欠な3要素として、「主体性を持つ」、「有能感を持つ(優越感ではありません)」、「他者との関係性を良好に保つ」ことだと言われています。仮に、上司が部下の言葉に耳を傾けるならば、この3つの中の2つは実行されることになります。つまりは、部下が自ら考えることで主体性を持ちやすく、会話を通して上司と部下の関係性が良好に保たれやすくなるということです。有能感については、上司自身が有能感を持っているのであれば、自ずと部下も有能感を持つようになっていきます。逆の例の方が分かりやすいかもしれません。仮に、上司が有能感ではなく、他者との比較の中から相手より自分の方が優れている点ばかり見つけては誇張する優越感を持つような人間ならば、部下も当然ながら優越感を味わうための対象にされてしまいますので、いくら部下の言葉に耳を傾けていようとも、部下の主体性が失われ、関係性を良好に保つことは不可能になります。

これは上司と部下の1対1の関係性に留まるものではなく、企業組織内の制度にも当てはまることです。昨今では部下の声に耳を傾ける取り組みの一つとして、定期的にダイレクトコミュニケーションなどの機会を設ける企業も多くなりました。しかしながら、実際のところは部下たちの声に直接耳を傾ければ、上司たちにとっては聞きたくない声ばかりが聞こえてくるため、形だけの制度となっていたり、ダイレクトコミュニケーションを実施している素振りだけになっていることも多くあります。仮に、上司が部下の声を聞いたとしても、上司がその声に対して問題解決する力を有していなければ、無意味な時間を費やすだけになってしまいます。

次に、上司の立場で考えるならば、先ず松下翁の以下の言葉が参考になります。

「素直な心からは謙虚さが生み出され、謙虚さから人の話に耳を傾けるという姿勢が現れてくる。」(松下幸之助)

これは上司としてのあるべき姿という以前に、人としてのあるべき姿ですので、上司と部下の関係性にも当てはまることであり、部下の言葉に耳を傾けるためには謙虚さが必要となり、謙虚さを持つためには素直な心が必要ということでもあります。逆説的には、素直な心がない上司には謙虚さがなく、当然のことながら部下の言葉に耳を傾ける姿勢もないということです。

更に、論語には次のような言葉があります。

「仁者は己れ立たんと欲してまず人を立て、己れ達せんと欲してまず人を達す」 (論語)

この論語の意味について、渋沢栄一翁は著書「論語と算盤」(1916)の「人生観の両面」の項にて以下のような解釈を述べています。

「…社会のこと、人生のことは全て、こうなくてはならぬことと思う。おのれ立たんと欲してまず人を立てといい、おのれ達せんと欲してまず人を達すといえば、如何にも交換的の言葉のように聞こえて、自慾を充たそうために、まず自ら忍んで人に譲るのだというような意味にも取れるが、孔子の真意は決してそんな卑屈なものでなかったに違いない。人を立て達せしめて、しかる後に自己が立ち達せんとするは、その働きを示したもので、君子人の行ないの順序は、かくあるべきものだと教えられたに過ぎぬのである。換言すれば、それが孔子の処世上の覚悟であるが、余もまた人生の意義は、かくあるべき筈だと思う。…」
(渋沢栄一「論語と算盤」)

簡単には、自分が利益を得る為に、他人に利益を与えるという打算的なものではなく、世の中の常として、自分のことだけを考えず他人に利益を与えている人というのは自然と自らも利益を得るようになっていくのだということなのでしょう。

これは上司が自分の立場だけで物事を考えるのではなく、部下の立場で物事を考えるということでもあります。部下の立場で物事を考えることで、自然と自分の立場も良くなっていくということです。更には、人としては相手の立場で物事を考えることですので、お客様の立場や取引先の立場で物事を考える力も身に付いてくることになります。自分の立場が良くなっていくのは、ごくごく自然のことであると私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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