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何故金利は下がったのか

低下に転じた米金利

 5月下旬、それまで上昇傾向が続いていた米金利が低下に転じています。米10年金利は4月から5月にかけ3%を上抜ける展開を試しに行ったものの(そして実際に上抜ける場面はあったものの)、その後は低下に転じ、足下は2.7~2.8%で推移しています。
 金利上昇が一服した背景として、①スタグフレーション懸念によるリスクオフムードの高まり、という見方と、②インフレピークアウト観測による利上げ観測の後退、という二つの見方があるように見受けられます。平たく言えば、①景気が悪くなる、②インフレが落ち着く、という二つの見方が混在している状態です。
 株式市場では決算、特に米小売大手が輸送コストや燃料費、人件費の上昇により減益を余儀なくされ、前述したスタグフレーション懸念が高まりやすい地合いでした。マクロ的にあれこれ理由を付けようと、実際にインフレで企業決算が悪化したのだから現環境はスタグフレーションとみなすことにはもっともな理由があるでしょう。
 他方、インフレについては足下でピークアウトのサインが増えてきました。5月11日発表の米CPIは伸び率が前月から低下したものの市場予想は上回る、という判断の難しい結果でしたが、市場の反応を脇に置けば、複数あるインフレ圧力のうち、いくつかが減じていることが窺えるものでした。

中古車バブル終了のお知らせ

 足下のインフレを耐久財(自動車など)、非耐久財(資源・食料)、サービス(家賃など)に分解すると、中古車価格の異常な値上がりに支えられていた耐久財価格は2ヵ月連続で寄与が縮小しました(下図)。中古車価格を抜き出してみると、前年比ベースでは22年に入り騰勢は明確に鈍化しています(下図)。過度な自動車需要の一服、半導体不足のピークアウトなどが背景と推察され、今後も中古車価格、ひいては耐久財価格は伸びが一段と縮小することが期待されます。

急ピッチで進むドル高もインフレ抑制に

 急速に進むドル高もインフレを抑制する方向に働きます。ドル円相場は既に歴史的な円安ドル高が実現していますが、足下では人民元もドル高調整が起きています。人民元は米FRBが金融政策を正常化する中でも異様な強さが目立っていましたが、結局のところ金利差によるフローには抗えなかった形です。米中2年金利差はドル元レートに半年先行することが知られており、年後半にかけて1ドル=7.2元までの下落が起きる可能性が示唆されます(下図)。仮にそこまで下落した場合、人民元は21年の1ドル=6.3元程度の底から▲14%の下落となります。
 人民元だけでなく、前述した円などを含むドル指数も21年6月を底に上昇に転じており、足下で一段と騰勢を強めています。ドルが上昇すれば輸入物価には下落圧力がかかり、過去にはそうした関係が強固に続いてきましたが、足下では資源高を背景にその関係が崩れています(下図)。とはいえ、戦争に起因する資源価格上昇もここもとでは一服していることを踏まえれば、輸入物価はドル高に引っ張られる形で騰勢を失うと考えられ、米国におけるモノのインフレは沈静化する蓋然性が高そうです。

家賃もピークアウトへ

 米国でモノのインフレは収まる兆候が出てきた中で、今後はサービスのインフレ、特に家賃が収まるかどうかが唯一にして最大の焦点になるでしょう。そもそも米国のCPIはサービスが全体の60%住居費(家賃+帰属家賃)が全体の42%を占めており、家賃上昇が止まらなければインフレが落ち着いたとは言えません。
 その家賃、ひいては住宅市場についても、直近で減速の兆候が出始めました。米国の住宅ローン金利は22年以降急上昇しており、足下では18年の既往ピークを超えて2010年来の水準に達しています(下図)。住宅販売についても、特に4月の新築住宅販売件数は前月比▲16.6%の悪化となりました。金利上昇が住宅市場を冷やし始めているとみられます。
 住宅市場の減速は各種統計からも窺えるところであり、NY連銀が発表している「四半期家計資産・債務統計」では、家計の住宅ローン新規組成が22年第1四半期に急減したことが明らかになっています(下図)。住宅市場では金利上昇によりカネ周りが悪くなりインフレが落ち着く、という典型的な効果が分かりやすく現れています。

変化するインフレのカタチ

 以上、5月には中古車価格の減速、金利上昇によるドル高や住宅市場軟化などが次々に判明したことが米インフレのピークアウト観測を高め、金利を抑えたとみられます。
 市場の利上げ観測も後退しています。CMEが発表する23年7月時点でのFF金利予想の中心は、4月初から5月初にかけては加速したものの、その後5月を通じて後退し、5月25日時点で2.75%-3.00%が中心となっています(下図)。「インフレがさほど加速しないのであればFRBも利上げをさほど急がないだろう」と市場は考え始めているようです。
 インフレ沈静化、利上げ観測後退となれば株式市場には良い話しかないように思えますが、今もって市場全体として伸び悩んでいるのはインフレ長期化懸念があるからでしょう。前述した4月CPIでもサービス価格の寄与は一段と拡大しており、市場のインフレ期待は尖塔型から台形型へと変化した可能性があります(下図)。生卵を100度で1分茹でても生のままですが、80度で5分茹でればゆで卵が出来上がるように、インフレ環境の長期化(予想)が企業業績にじわじわとボディブローのように効いてくる展開が市場で懸念されているかもしれません。

 果たして今回のインフレが粘着的か否か、現時点で有力な手掛かりは得られていません。市場のインフレ期待を表す5年先5年物のBEIは2月の戦争勃発で跳ね上がった後は5月以降低下するなど、インフレの長期化観測が高まっているようには見えません(下図)。注目される家賃については、先行指標となる住宅価格指数の伸びが高止まりしており、確かに依然として落ち着く兆しが見えていません(下図)。今後については住宅価格がいつ、どのくらいのペースで落ち着いていくのかを見極めるじりじりとした時間帯になりそうです。

 足下の株式市場はインフレのピークアウトが見えたことでとりあえずの悪化局面を乗り越えたと考えますが、今後夏から秋にかけてインフレの粘着性、特に住宅価格について焦点を合わせていくと予想します。仮に住宅価格が落ち着いていく中でも、その裏で同市場の悪化が併存すると考えられ、「インフレ沈静化なのか景気後退なのか」という議論が盛り上がり、相場が大きく変動する局面もありそうです。ただ、現在の米国では過去最大の求人件数が存在すること、家計が過去最大にキャッシュリッチであることなど、景気の予備燃料と言うべきストック面での大きな強みがあります。米景気はそうそう腰折れることなく、インフレと景気に関する議論を乗り越えた秋頃から市場は再び上昇に向かうと予想します。

※本投稿は金融取引を勧めるものではなく、情報提供を目的としています

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