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【 エッセイ 】 初任給 # 虎吉の交流部屋プチ企画



今年、お正月にお年玉を渡した。

中に入れる金額は毎年、ネットに載っているようないわゆる「相場」ではなく、「この子は何を買いたいだろう」ということを想像して、それを買えるような金額を渡すようにしている。

今年、想像したのは「お菓子」だった。
まだお金の使い方もよく分かっていない年齢なのでこれくらいだろうと思い渡したが、渡した後になって「多すぎたかな?」「少なすぎたかな?」とこの段階になって「相場」との差額が気になってくる。お金の使い道を想像するのは案外、難しいものだ。

お金の使い道といえば、私が社会人として初めて給料をもらった時に非常に悩んだ記憶がある。就職したのは9月だったが、8月まではアルバイトをしており、月給は約2万円だった。それがたった1ヶ月で約10倍近い収入になったのだから、使い道に困るのも無理はない。

私は、「社会人になったら一人暮らしがしたい」と決めていた。自分だけの空間で誰にも何も言われずに生活ができる。想像しただけでも夢のような気持ちになった。就職活動をがんばれた一番のモチベーションだったと言っても過言ではないくらいだった。

悩んだ挙げ句、思い切ってがんばって就職した「自分へのご褒美」として引越資金に充てることにした。早速、不動産屋に行き家を探し、今まで使ったことのない大金を払い、一人暮らしを始めた。自分を褒めてあげたいほど、最高のお金の使い道になったことに満足できた。

いざ、一人暮らしを始めると、部屋にはダンボールの山が10個ほど。それ以外には何もない。蛍光灯を買うお金もなければ冷蔵庫も洗濯機もない。「音」さえない静寂な空間だった。引越資金として大半を使ったため、家具、家電に回すお金がなかったのだ。

この時ばかりは自分の無計画さに呆れた。それでもそうした不便さよりも一人暮らしを始められた喜びの方がはるかに勝り、何一つ苦痛は感じなかった。「よし、次の給料日までの1ヶ月、この生活を楽しもう !」。気持ちだけは前を向いていた。

毎日、仕事から帰ってくると真っ暗な部屋でダンボールの荷ほどきを行い、風呂場で洗濯をする、といういつの時代か分からなくなるようなことをするのが日課になった。明かりは窓の外の街灯の光を利用させてもらった。恥ずかしながらカーテンもなかったのだ。

初めて普段、何気なく使っていたもののありがたみが身に沁みた。「三種の神器」とは、当時の人々も上手いこと言ったものだ。

ようやく1ヶ月が過ぎると「次は何をそろえようか」ということに頭を悩ませた。しかし、こうして徐々にものがそろっていくのを想像することがこれまた楽しくて仕方がないのである。一人暮らしの醍醐味にひとしきり耽った後、蛍光灯とカーテンをまず買うことに決めた。街灯の明かりで暮らすのだけはどうしても苦痛だったのだ。

部屋は光に満たされた。私の心のように部屋全体が明かりで満たされていくのを見て、感動してしまった。明かりが灯ると心まで温かくなってくる。一人暮らしを始めてようやく心に余裕ができた瞬間だった。

手元にはまだいくらかまとまったお金がある。これで何を買おうか。すぐに答えは出た。

早速、家電量販店の「生活家電」のコーナーへ直行すると売り場には所狭しと最新テレビが並んでいる。幼い頃からテレビっ子だった私は、「いつか大きなテレビが欲しい !」と思っていた。その願いを叶える瞬間が来たのだ。
ケチっても仕方がない。来月また不便な生活が続いたとしてもテレビだけはいいものを買いたい。私は財布を握る手を震わせながら、自分史上最高額の買い物をする覚悟を決めた。

部屋に初めて超大型テレビが設置された。
部屋の広さにあまりに不釣り合いなテレビに苦笑しながら、早くもそれに愛着を抱き始める自分に気づく。「これからずっと仲良くしような」そう語りかけてから電源スイッチを押す。

「音が出た !」思わず心の中で叫んだ。この1ヶ月間、静寂の中で生活してきた私は「音」に飢えていたのだ。部屋中に音が響き始めた。

心の中に明かりが灯り、音が生まれ始めた。
それはこれから本格的に始まっていく社会人生活の明るい前途を想像するにはあまりにも充分すぎるものだった。

翌月以降、ようやく洗濯機、冷蔵庫をそろえ、ようやく世間一般並の生活水準を維持できるようになった。必要なものが次々に充実していくにつれ、そろえた時の感動も薄れていくようになることに少し寂しさも感じた。人は失って初めてそのものの大切さに気づく。当たり前のような日常ほどありがたいものはないのだろう。そしてそれは仕事でも同じことなのかもしれない。

こうしてあまりにも無鉄砲にスタートした社会人生活も随分と長いものになった。世間一般の当たり前が自分にとっての当たり前でない場合があるのと同じようにその逆もしかりである。それはいつの時代、いつの社会、そしてどんな仕事でも変わらない。一人暮らしを始めた時から今まで大切に持ってきた座右の銘、それこそまさに「初志貫徹」なのだ。




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