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親がいなくなった時、自分は泣けるのだろうか···13 ( Part2 (親の老い) ) # 家族について語ろう


【 前回までのお話 】


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車の中に親子3人。
こうして3人で車に乗ったのはいつぶりだろうか ? 思い出せないほどに随分と昔のことなんだろう。祖父の前ではみんなであれこれと話せたのに、いざ3人になると皆、静かだった。

気まずく重苦しい空気を抱えたまま、目的地に着いた。空の暗さはさらに増していた。
たどり着いたのは昔、家族でよく行っていた実家近くの喫茶店。静かで落ち着いた雰囲気で、客層もどことなく品が良さそうに見える。やや暗い店内を天井のシャンデリアが程よく明るくしてくれていた。

「相変わらずいい雰囲気の店やねぇ。」と母。

「この店に来るのも久しぶりやわ。」

「そうやなぁ、お父さんとお母さんも久々でな、何にも変わってないな。 」

3人で懐かしい思い出に浸った。
独特の珈琲の香り、阪急電車の座席のように綺麗な緑色の椅子、昔に家族で来た時の両親の笑顔。
やっぱりこの店は特別だ。

家族の中でも何となく役割というかキャラクターがある。母は喋り役、父と僕はたいてい聞き役だ。
席に着き、注文をした後、その母が話し出した。

「今日はわざわざ遠い所、じいちゃんのために来てくれてありがとうね。あんなに喜んでるじいちゃん見たのは久しぶりやったわ。あらためて90歳になったってすごいよね。」

「喜んどったなぁ。身内にお祝いされるってすごいうれしいんやろうなぁ。健康に長生きしてくれるのは幸せなことやで」

「じいちゃん、お母さんらの前では泣いたら恥ずかしいと思っとうみたいでな、いつも泣くの我慢しとうねん。面白いなぁ」

とみんなで久しぶりに笑いあった。
その後も祖父の話を中心に話が膨らみ、徐々に和やかな空気が漂い始めた。
こんなところでも祖父は僕たちを救ってくれる。
祖父の温かさが僕たちの心まで軽くしてくれた。

話が落ち着いてきたところで、父がこんな話を切り出した。

「お父さんなぁ、定年過ぎてもマンションの管理人の仕事をこの歳まで続けてきたんやけどな、来年の3月で辞めることにした。あと健康に生きられる期間て限られとうし、これからはお母さんとゆっくり過ごしたいと思ってな。」

「なるほどね。」

(そうやんな。お金に余裕のないこの家を支えるためによくがんばってきたもんな。むしろ働きすぎたくらい。ゆっくり休んでも誰も何も言わんよ。でももうそんなこと言うようになったんやなぁ。10年前なんて仕事が楽しい言うてピンピンしとったのにな。歳取ったんやな···。健康寿命かぁ···。考えたことなかったけど確かに言われてみればあと10年かせいぜい15年くらいか。親ももうそんな歳か)

急にしんみりとした気持ちになった。
ずっと親を恨み続けてきた自分。でもいざそんなリアルな話をされると、言葉にならなかった。どう接するのが正しいのか、正しくなかったのか、誰が悪かったのか、誰も悪くなんてなかったのか···。

変わらないものの中で変わっていくもの。
それは月日は確実に過ぎていくということ。

「いいと思うで。ゆっくりしたらいいと思うで。」

「うん、それだけ話しとこうと思ってな。」

そう答える父の穏やかな笑顔の中に、ほんの少し寂しそうな表情が見えた気がしたのは、あるいは勘違いだったのかもしれない。

「ほな、そろそろ出よか。もうこんな時間や。」

「ちょっと待ちいな。渡すもんあったやろ。」

母が差し出したのはコンビニで買った牛すき弁当とサラダの入った袋。

「よかったら家で食べて。栄養とか全然、採れてないやろ。ちょっとしかないけど。」

「え、あぁ、ありがとう。」

「うん、じゃあ帰ろうか。」

袋を引っ提げて外へ出ると都会の暗く汚れた空に、1つ、2つ、星が小さく光を放っていた。

駅で解散し、電車で最寄り駅を降りそこねそうになりながら、家路につき、時計を見ると、思っていたより遅い時間になっていて驚いた。

さっそく袋を開け、牛すき弁当の蓋を開ける。
何と値段は880円 ! 。自分では絶対に買うことのない弁当の値段だ。少し食べてみると、「美味しい ! 」と感動してしまった。もう止まらない美味しさである。

でも、半分くらい食べたところで箸が止まった。
箸が進まない。いっぱいになったのはお腹ではなく胸の方だった。これを食べさせたくてわざわざ普段行かないコンビニで普段買わないような高い買い物をしてくれたのか。

今日は何て心が揺さぶられる1日なんだろう。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり。クルクル回りながらランダムに色んなところを動き回る壊れたおもちゃのようだ。

この日、僕は老いていく親から初めて「親の優しさ」に触れてしまった。自分にとっての親、家族って何なのだろう。やはりますます分からなくなった。おそらく正解には永遠にたどり着けない。

再び食べ始めた牛すき弁当の肉の部分を、肉が何よりも大好きな愛犬のココちゃんに分けてやる。
ココちゃんはすごい勢いで口に入れた後に少し口から出して、それには手をつけなかった。

やっぱりそうやんな。
その部分は少ししょっぱすぎたか。







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