星と鳥と風13~釣り名人


熱い夏が来る前に
せっせと
畑や田んぼを耕して
大地よ今年もどうぞよろしくと
種を撒き
命が命の輪を紡ぐ
恵みの秋となるか否かは
いつも自然の氣のむくままで
雲のように自由に変化する
だからこそ日々を丁寧に
数えられる恵にも感謝して
できた分をありがたくいただく
多くても少なくても
皆んなで分け合って
暮らしを分かち合っていた。

そんな農家の一家の【普通】の営み
だけども何をもって【普通】と呼ぶのだろう?

私の家は世間で言う【裕福】な家庭ではなかったが

私にとっては、十分すぎるほどに【有福】だった


幼い頃から私はじいちゃんの【愛機】
【刈った草を運搬するトラック】に乗せられて、家から2分程にある川によく釣りに連れて行ってもらった。
じいちゃんは鯉釣りが大好きで、春の暖かい時期になると、まず釣り場の草刈りをする。
(草の背丈は軽く2メートルを超えていた)
そこはよくある堤防で、目の前には川が流れているのだが、近くに橋や家や公園もあるので、人通りがそれなりにある。
鯉釣り場の【一級ポイント】であるその釣り場所を、あまり他の人に知られたくなかったじいちゃんは、そこの釣り場の周りの草を、【ミステリーサークル】のよう刈って、サイドの草同士を結衣合わせてトンネル状にし、周りから見えないようにしていた。

その場所の【秘密基地】感も、アマゾンの密林の中から釣りをしているような風合いも、じいちゃんのセンスも、小さな僕にとってはどれも、ワクワクするものだった。

じいちゃんは、草刈りの日は基本、釣りをしない。
何故かは分からないが、草刈りの日は、必ずばあちゃんに弁当を作ってもらって、それを持って出掛けた。

 

(あまい卵焼き、鮭の塩焼き、ウインナー、ツナマヨのおにぎり、それと、トマト)

どれもじいちゃんの好物で、特に(甘い卵焼き)と、ツナマヨおにぎりは、家での食卓に並ぶ事のないもので、私にとっては、【釣りの日限定】で、食べれる物だった。

【今想うと、じいちゃんなりの至高の時間だったのだろう】それに、そんなじいちゃんの本気の遊びに応えるばあちゃんとの関係性も今思うと可愛らしい。

そして、じいちゃんは、翌日から釣りをし始めるのだが、一日目は決まって必ず1人で釣りに行く。
いくら私が付いていくと言っても、必ず1人で向かった。(しっかりミミズ取りだけは手伝わされたが)

餌は、今言った【ミミズ】それに【ダンゴ】と言って、(鯉釣り用の粉末の餌で、粉に水を混ぜて、丸め、ダンゴ状にして使うもの)なのだが、じいちゃんはそれに、湯掻いたサツマイモを入れて混ぜた特製のダンゴをよく使っていた。

【そして必ず釣り上げて帰ってくるのだった】


釣れた鯉達は家の裏から流れる湧水で活かして、一週間程かけて泥抜きをさせる。
その他にも、うなぎや山太郎蟹、スッポンや鮒、鮎やドンコなども捕まえて来ては、家の裏の湧き水で活かしていた。

1週間かけて泥抜きした鯉は、親父の手によって、【華麗】に捌かれ【鯉の洗い】となるのだった。
清流で育った鯉や川魚は臭みが殆ど無く、どれも、実家での最高なご馳走だった。それに、プロフェッショナルなじいちゃんの釣りや。親父の包丁捌きを見る事も、紛れもなく私にとっての
     
     【有福】さ、だった。

手先も職人並に器用だったじいちゃん。
(実家も本人が自ら建てたものだ)
そんなじいちゃんの中での【至高の釣り】が、もう一つあった。それは

     【山女魚釣り】


である、これは爺ちゃんが生涯を通して大事にしていた釣りでもあり、現在の僕にとっても大事な事を教わった釣りでもある。

美しいその魚体と、ナイーブな性格、綺麗な水と、冷たい水温の中でしか生きられないことから、山の女の魚で【山女魚】と呼ばれるのだろう。

警戒心が強いこの魚は、誰でもが簡単に釣る事が出来ない事も全国にファンがいる所以だと思う。
釣り方も沢山の種類があるのだが、じいちゃんが愛していたのは【提灯釣り】という釣法で、比較的ポピュラーな釣り方ではあるのだが、手先の器用なじいちゃんは、竿を自分で自作したり、針を作ったりと、拘りと愛情を持ってこの釣りを楽しんでいた。

冬の間、頃合いを未計って、ちょうど良い竹を切ってきて、グツグツと湧き立ったお湯の中に入れ、ざっくりとした竹の油分を煮出す。その後に火でゆっくり竹を炙り、油抜きをし、何度も滲み出てくる油を拭き取りながら、竿の(色味】と【調子】を整えていく。

全ての工程は覚えていないが、じいちゃんの、本気のクリエイティブな作業は見ていて楽しかった。

なんだかんだ1カ月程をかけて、いよいよじいちゃんお手製の自作の竿が出来た。

今でも覚えているが、それはそれは、大変上出来な黄金色に輝く、3本継ぎの【バンブーロッド】だった。

「よし、星、お前に世界一綺麗な魚を見せてやる」

そう言われて、私はじいちゃんと軽トラで、とある渓谷に向かうのだった。
                    つづく











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