星と鳥と風~14 釣り先生


この写真は、私が数年前に釣った尺上山女魚。
日本各地に大きい個体はいるが
私の住んでいる県で、このサイズは中々お目にかかれない
銀毛しているが、傷も無く、うっすらパーマークも残っている。この魚に出逢う為に、私は何年も何年もかけて、道なき道を歩き、崖をよじ登り、竿を振った。


私はじいちゃんの車の助手席で、これから待っている【初めての山女魚釣り】に興奮していた。
車窓から見える山々は紅葉していて、初めて見る渓谷は光を反射してキラキラと美しく、また、悠々と流れていた。
車は途中林道脇を走りながら、更に山深くへと進む
林道は車が一台やっと通れるほどの幅で、舗装もされておらず、隣は断崖絶壁の渓谷。土砂崩れや、野生動物、クラックの入った道、更に、途中になるとガードレールすらも無くなった。


 【もしも落ちたら、死は免れないだろう】

(だが、死んだらどうしようなどの考えは、煩悩で凝り固まった人間の考えかもしれない。その瞬間の童心に帰ったじいちゃんと純粋な子供の私の釣りに対する【情熱】と、【force 】の前では、同時に、取るに足らない思考でもあった)
そんな山道をじいちゃんはキセル(きざみタバコを吸うための道具)を咥えながら、飄々と進む。
子供の私も、ジェットコースターにでも乗っている気分で、見た事もない素晴らしい景色と、じいちゃんの逞しさ、それに今から体験する【未知なる釣り】に心を躍らせていた。

まだまだ車を走らせると、小さな山神様を祀ってある場所に着いた。じいちゃんは持ってきていた、酒と饅頭をお供えして、「おい、星、お前も山神様にちゃんと挨拶しろ」と言われ、2人で山神様に手を合わせた。

続けて、「いいか、山には山の神様がいる 海には海の神様がいてな、いつも人間は試されているんだ。こんな山奥に来ると、誰にも何にも見られてない気になって、ゴミを捨てたり、魚を乱獲したり、勝手気ままに横着するやつらがいるが、、まぁ、それが神様に暴かれた本当の自分の姿って所だ。」

そんな人間になりたいか?!

私「なりたくない」

「だったら、人が見ていない時こそチャンスだ。
丁寧に生きなさい」
と言って私の頭を撫でた。
この教訓に後に大変助けられたものだ。

そして山神様の近くで、私達は、ばあちゃんが握ってくれた超特大おにぎりと、【やはり甘い卵焼き】を頬張った。
じいちゃんはキセルでタバコを一服した後に、徐に出来立ての竹竿を取り出して、糸を竿先に繋ぎ始めた。糸は鯉釣りをするよりも遥かに細く、自作の針も幾分小さかったが、3本継ぎの竿は2メートル近くあるような長い仕様になっていた。

じ「星!お前、忍者って知っとるか?」
私「知ってるよ」
じ「今から俺達は忍者にならんといけん。山女魚ちゅう魚は物凄く臆病やけん、人影が見えたら、岩陰に隠れて、見つかったらもうその日は釣れんくなる。だから忍者になって、自然の術を使え。」

私「???自然の術???」

「あの岩やら、石ころや、草木や、時に、水や魚になれ」

私「????」

「ハハハハ!まぁお前にはちと早かろう。自然はそう甘く無いっちゅー事だ!まぁじいちゃんの後ろで見ていなさい。」

そう言いながらじいちゃんは自作の針に糸を結んだ。餌は事前に取り溜めておいた(ミミズ)を使った。【こんな雨上がりの沢はミミズが1番だ】
仕掛けも完了し、沢に降りたのだが、あまりの美しさにしばし啞然としたのを覚えている。
透き通った沢の水は、前々日に降った雨で増水こそしていたが、とても綺麗で、時折、魚が泳いでいるのが肉眼でも見える程だった。
今思うと山女魚があんなに沢山泳いでいるのを見たのは子供の時くらいで、近年の山女魚釣りブームで起きた乱獲や火山の噴火で飛散した灰など、自然現象的な事も相なって、私が住んでいる一帯だけでもこんなにも個体数が減少するのか。と思うと

    【人間の欲望と自然の厳しさ】

       を、痛感させられる。


じいちゃんは岩陰に身を潜めながら、2メートルもある竿を手足のように上手に扱っていた。頭上には木の枝なんかがあって、そもそもそんな長い竿を振る事自体が難しい場所だったが、餌を良いポイントへ次々に落とし込んだ。

      【ググッと竿先が曲がる】

良く出来たじいちゃんの竿は、(魚の当たり】(魚が餌を咥える瞬間)が明確に分かった。

      【来たぞ!デカい!】

2メートル程ある竿が三日月のように曲がった。
もう折れてしまうんじゃないかという程に曲がっていた。

     「こりゃいかん!デカすぎる」

そう言って上流へと走り出すじいちゃんを、私は追いかけた。じいちゃんは水の中に入って、強烈に暴れる魚と対峙していた。魚は針から逃れようと何度もジャンプしたのが見えた。

「こっちに来るな!こっちは危ない!それに、これは俺と山女魚の真剣勝負だ!」じいちゃんの声が、谷間に木霊した。

私は言われた通りにその場でじいちゃんと山女魚の【真剣勝負】を見届けた。
竿は強烈に曲がり、吹き抜ける風が、ピーンと張った糸に触れて、異様な音色となって、辺りに木霊していた。

じ【山女魚だ!凄い!こんなやつは生きている間に一度でも見れるか分からない代物だ!」
珍しく興奮するじいちゃんを見たのはこれが最初で最後だったかもしれない。

10分程かけて上がって来た山女魚の姿はもう山女魚と言うには程遠い魚体で、40cm程はあった。
顔は鮭のように顎が曲がっていて、歯は鋭く、これに噛まれたら人間もタダじゃ済まないな。と思うほどの顔付きをしていた。
雄のその山女魚は体の模様もハッキリとして美しく、更には釣り上げた時期も【秋】と言う事もあって、【婚姻色】(成魚が繁殖期にのみ示す平常と違う体色)(主に桜色と言われる)が実際は赤っぽい色。になっていた。

 「こんな凄い魚体はワシも初めてだ」

心なしか針を外すじいちゃんの手が震えていた気がする。僕が触ろうとすると、制された。

「山女魚は冷たい水温でしか生きられない。人間の手でいきなり触るとこいつらは酷い火傷を負ってしまう。少しの傷が野生で生きる生き物にとっては大きいものだ。だから触る時はよく水で手を冷やしてから触ってあげなさい。」

ほら、と言って私の手をとって、川で冷やした。
今でも、初めて触るには強烈すぎる魚体だったと思う。
何年かけてここまで大きく逞しく育ったのだろう。
厳しい自然界の中で、傷一つないその体から強固な【オーラ】と【生命の神秘】を感じて、あまり触れなかった。


「きっとこの川の【ヌシ】じゃろ。神様がお前の綺麗な心に応えてくれたんかもな」

じいちゃんはそう言って、徐に魚の尻尾を掴み、水の中に魚を浸して、エラに向かってバシャバシャと空気を送った。「食べない魚はこうやってエラに空気を送ってやれ。そしたら元気になってまた川に戻れるから」そう言って、あっけなく魚を川に還した。【ヌシ】はゆらりと反転して、深みへと消えていった。

「食べないの?」
小さな私の純粋な質問に

「ヌシは食べちゃいかん。ヌシは神様の化身だ。会えただけでも幸運だよ。ワシはもう30年もこの釣りをしてるが、こんな魚は初めてだ。そしてまだまだ若いお前が初めての渓流で【神様】に出逢わせていただいた。それは、ワシにとっての何よりの宝物だよ。ありがたい事だ。」

じいちゃんはそう言って、デッカい杉の木の袂に腰掛けて満足そうに、キセルでタバコをくゆわした。

家に帰って、ばあちゃんに「釣れたね?」と言われて、「釣れんかったが、良い事があった」
と、じいちゃんが答えると「釣れんかったら行く意味がないやろ!」と言う現金なばあちゃんとのギャップのある会話も面白かったが、あれだけの2人の出来事をわざわざ誰にも言わずに2人だけの【思い出】にするじいちゃんの心意気も何だか好きだった。

これが私の大事にしている【山女魚釣り】の初釣行だった。こんな経験をすれば、【そりゃあハマるはずだ】それからいろんな釣りをして、山女魚釣りを再開したのが16歳の頃なので、私ももう、かれこれ22年程、この釣りをしている事になるが、お恥ずかしい限りで

【そんなに上手でもない】

しかし、私はひょんな出会いで、有難い事に今年、小学生から高校生までの子供たちに、釣りを教えてくれ。と、四国のとある場所に【釣り先生】として呼ばれている。こんな私でいいのかな?と思うが、じいちゃんに教えてもらった【大事な事】と、【釣りの楽しさ】を少しでも伝える事が出来たら嬉しい。


 じいちゃん。喜んでくれてるかな?

じいちゃんに貰ったアブガルシア製のスピニングリール。
1975年~1981年のモデル






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