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第一世界#3 喋り過ぎだァ

「なあソウキャ。朝、何でピストル向けられてたんだ?」
「さあ。そもそも図書室で目覚めてからおかしいことだらけだからな。」
「チュートリアルを受けてから、冒険を始めるべし。そういうことよ。」

 お昼休み。転校生への質問責めが一段落し、やっと合流できた3人が、足早に向かう先は当然図書室だ。目覚めたのもあの場所。この頓痴気な世界から脱出出来るかもしれない。

 レッキャは視線を悟られないように、ソウキャを横目に見る。
 そもそもがおかしいことだらけ。それはそうだが、その場全員が彼に銃口を向けるほどのきっかけを、その場全員が一斉に忘れるなんて。
 私とヨウキャは、ソウキャと一緒にこの世界の「おかしさ」を共有しているはず。

「さあ。とりあえず席に着こうぜ。」

 あの冷静な物言いに、どうしても引っかかる。ソウキャ自信も狙われた理由が分からない。それは、本当なの。

 レッキャは密かに、ソウキャの行動に注意することに決めた。

***

「お帰りなさい。どうでしたか、この世界は。」
「この黒幕野郎。ちゃんと説明してから、送り出せよ。」
「いやあ。サプライズ精神が抑えきれませんでした。」

 図書室に入るや否や、足を組んで悠長に座っているチャールズ先生と邂逅。説明責任を果たさせるべく、3人はこの仕掛人を取り囲むようにして迫った。

「お前の正体と、目的。この世界からの脱出。はい、どうぞ。」
「『はい、どうぞ』って面白いですね。」
「茶番に付き合ってる暇はないんだ。早くしろ。」
「うわ。唾が飛びました。」
「はあ?」

 ソウキャの質問に対して、神経を逆撫でするチャールズの回答。そしてやっと問いに答えたかと思いきや、淡泊な内容だった。

「私はインバイターで、皆さんの『キャラ探し』のお手伝いがしたい。脱出は皆さんの力で、です。」
「あのな。それで分かるかよ。もっと詳しく説明しろよ。」
「そんな簡単に言ってしまったら、黒幕失格だと思いませんか。」
「お前の立場なんて知るか。」

 待って、とレッキャが呼び掛ける。視線をソウキャからチャールズへゆっくりと移して、提案をした。

「あなたの言い方だと、言えることもあるってことよね?」
「そうですね。」
「分かった。こっちから質問するから、言えることだけ答えてもらっていいかしら。」
「委員長!」

 今度はソウキャが待ったをかける。流石に、相手の思う壺だ。

「関係を悪くする方が、もっと教えてくれなく、なりそうじゃない。」
「でもさ!」
「ここは、私に任せて。」
「ソウキャ。俺たち幼馴染だからさ。委員長の凄さ、知ってるじゃん?」

 ヨウキャの言葉に促され、ひとまずレッキャの方針に従うことに。

「ここは、現実世界であなたが私たちに見せた、あの本の世界ね?」
「勿論です。」
「『キャラ探し』の手伝いが目的だと言った。この世界に招くのと、どう関係があるの?」
「いい質問ですね。ここで答えるのが、勿体ない気もしますが……。」

 言葉を途切らせると、チャールズは立ち上がり、両掌をこちらに向けてきた。

「『キャラ』というものには、二つの種類があります。物語の《《登場人物》》を指すもの。そして、人間の《《個性》》を指すもの。」

 彼はゆっくりと、本棚に近づく。

「この世界で、あなたたちの名前は?」
「ソウキャだ。」
「ヨウキャ!」
「レッキャよ。」

 本来の名前を失い、代わりに受け取った、馴染みのない仇名。

「これを見てください。」

 3人のもとへ持ってきたのは、あの本だった。

「『Our Island ジポポン⑤』。登場人物の紹介を見てください。」

 促されて、見るページには、次の記載があった。

 
ミウラコウタ…シリーズ主人公。アルムホルデビトの首領ヤグラとの決闘に勝利し、ジポポンの国家総裁となる。
新生アルムホルデビト…本作の敵集団。木の仮面で素顔を隠す卑怯者たち。まるで国家の法律を知らないとばかりに振る舞う冒涜者たち。以下の仇名で互いを呼び合う。
ソウキャ…主人公みたいに振る舞う男子高校生。
ヨウキャ…おちゃらけた男子高校生。
レッキャ…真面目な女子高生。
クラキャ…すごい見下してくる女子高生。
コウキャ…すごい同調する女子高生。
エンキャ…いつも怯えている男子高校生。
リタキャ…優しい女子高生。
リコキャ…自分勝手な男子高校生。
ショウキャ…ムードメーカーの女子高生。

「ソウキャ、ヨウキャ、レッキャ…。私たちの、今の名前ね。」
「この文章は、こっちが用意した、あなたたちに想定される人物像です。」
「なんか、雑じゃないか?」
「あくまでも、『キャラ探し』のお手伝いですから。自分の個性キャラを存分に追求して、物語の登場人物キャラになってください。」

 ソウキャは、ちらりとレッキャを伺う。チャールズがやりたいことは大方理解できた。だからこそ、この疑問が浮かび上がる。

 なぜ「キャラ探し」の課題が終わっている委員長も、巻き込まれているのか。

 そもそもその課題を考えたのは、委員長だ。監督の先生と言って、あの黒幕を呼んできたのも彼女だ。
 ソウキャは密かに、レッキャの行動に注意することに決めた。

「カタカナなのは? レッキャって何のキャラなの?」
「繰り返しますが、お手伝いです。自分で考えてください。気に入らないなら、捨ててもいいですけど。」
「俺のヨウキャは陽キャだな!」
「多分、幼キャだな。」

 首をかしげるヨウキャ。苦笑いするソウキャ。
 
「じゃあ、あなたのインバイター。案内人という意味だと思うけど、それはこの物語世界の?」
「この世界でも、ですね。」
「物語世界が複数あるのね。他はどんな世界なの?」
「答えれません。」
「ちょっと委員長。」

 あまりの話の移り変わりに、ソウキャは再び、待ったを掛ける。こんな頓智気な世界が他にあるとしても、まずはこの世界のこと、脱出方法を探るのが先決だろう。

「先走り過ぎ。」
「ごめん。えっと、じゃあ次。この世界の情報が知りたいんだけど。」
「ちょっと聞き過ぎですね。世界を己の目で知り、己のキャラをどう立ち振る舞っていくかを考えて欲しいのですが…。」

 チャールズは少し考え込むような様子でいたが、分かりましたと例の本、そのあらすじページを見せる。

「Our Island ジポポン」5巻 あらすじ
 異端者集団アルムホルデビトとの長きに渡る死闘を終え、安寧を手に入れたのも束の間、国家総裁となったミウラには数多の政的問題が残される。利己主義の残党、言論統制、「愛国濃度の見える化」…。そして現れる、新生アルムホルデビト。彼らの正体は、なんと高校生であった。
 今日も津々浦々、走れミウラ!!

「ところどころ、覚えのある言葉が書いてあるわ。」
「『愛国濃度』は『ミウラ』が制度化したのか。」
「『ミウラ』というのは、この世界の主人公『ミウラコウタ』のことね。」
「えー。俺主人公じゃないのかあ。」
「今までのヨウキャのどこに、そんな待遇があったんだよ。」
「さっきの人物紹介と、あらすじによると、総裁らしいわ。」
「じゃあなんだ。主人公をぶっ倒せばいいのか?」

 ソウキャの結論に、不機嫌な顔を見せたのはヨウキャだった。

「嫌だあ。そんなの、悪役じゃん。」
「でもこっちに来る前、チャールズが言ってなかったか?」

 まずは、物語で悪役を演じてみせよ。

 まるで呪いにかかったかのように、脳内に響き渡っている。

「ソウキャなのに、よく覚えていましたね。」
「ああん? 煽ってんのか? それともソウキャって悪口なのか?」
「自分で考えてください。」
「かちん。」
「私たちの紹介。『新生アルムホルデビト』の一味として書いてあったわ。」
「そうです。その悪役集団の一員として、物語に蔓延る『主義を打倒すること』。それが唯一の脱出方法です。」

 悪役として、主人公と戦い、勝利すること。これならまだ要領を得る。だがそうではなく。

「『主義を打倒すること』? 主人公を倒すんじゃなくて?」
「主人公が何かしらの主義者なんです。そして、その主義が物語を構築しています。」
「間違いなく、『愛国主義』ね。」
「あなたたちから見て、受け入れられるものでしたか?」

 受け入れられるか?
 とんでもない。極端な愛国の在り方に侵された人間性。あんな簡単に銃を向けられて。

「まさか。あっちの方が、悪だ。」
「そうでしょう。主義を打倒すれば、物語が本来の結末を迎えることなく、終わりを迎える。つまり、あなたたちがやることは、正しきバッドエンドに導くことです。」
「でも、私たちはごく普通の高校生よ。難易度が高すぎない?」
「ソウキャくん、例の木の幹、見せてください。」

 言われるがまま、先刻自分の身を守ってくれたそれを、一同に見せる。

「これは、顔に近づけると、仮面に変化して引っ付いてきます。レッキャさんとヨウキャくんの分も。」

 二人もチャールズから木の幹を受け取る。色は黒で一緒だが、形が若干違っていた。
 そして、鼻をすぐる香ばしい匂い。

「私は『伽羅の仮面』と呼んでいます。これには皆さんを助ける適応機能が付いていて、仮面を装着している間に行使することができます。」
「どんな機能なの?」
「それぞれ違う、ということだけ。あとは実際使ってみて慣れてください。」

 ソウキャにとっては、既に解答を得たものだった。
 おそらく、都合の悪い記憶を忘れさせることができる。
 持っている木の幹に、視線を落とす。

「これは親心ですが。機能を行使中に、仮面を外さないでください。」
「それは、どうして?」
「精神に異常をきたし…」
「要らん親心だなァ。」

 それはあまりにも突然のことだった。
 木の幹を指でなぞり、耳だけチャールズに意識を向けていたので、その音だけしか状況を知る手段が無かった。
 
 どす、と鈍い音。
 続く、知らない声。

「喋り過ぎだァ。」

 視覚で情報を補おうと、顔を上げる。
 声の主は、いない。見当たらない。
 
 代わりに、動かなくなったチャールズの体だけが、仰向けに倒れていた。
 内ポケットの白百合を、赤く染め上げて。

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次回は12月28日投稿予定です。
12月30日投稿予定変更します。ご了承ください。


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