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道徳の読み物「エウレーカ!」(小学校:真理の探究) 創作教材

  • 対象学年:小学校(5・6年)

  • 内容項目:真理の探究 (6)真実を大切にし、物事を探究しようとする心をもつこと。

  • 教材の種類:教職員の方の実体験に基づいた創作


エウレーカ!

どうしてもわからない。
理科の時間に習ったことが正しいのなら、お母さんは死んでしまうはずだ。

五年生になって、理科の時間に「生命の誕生」をやった。お母さんのお腹の中で、赤ちゃんはお母さんから、胎盤から伸びたへそのおを通して栄養や酸素をもらって育っていくんだって教えてもらった。つまり、私とお母さんは文字通り本当につながっていたってことだ。聞いて思わず「へええ」となった。前の席にいる田淵くんも、隣でいねむりしているみなちゃんもそうなんだ。そうして生まれてきたんだ。もちろん私もそう。そう考えるとますます「へえええ」ってなる。神様って本当にすごいなって、神様の顔も浮かばないのにそんなふうに思ってしまう。

でも、次の瞬間にハッとした。妙なことに気づいたからだ。

栄養や酸素を渡すために、お母さんの血が赤ちゃんの体に流れているのなら、お母さんと赤ちゃんは同じ血液型じゃなきゃいけないんじゃないの……?

気づいた瞬間に顔が真っ青になった。
私の血液型はAB型。でもお母さんはA型だ。

血液型が違う人から血をもらうと、その血が体の中で固まっちゃって時には死んでしまうことすらあるって聞いたことがある。それで怖くなったのだ。
あれ? もしかしてお母さん、死んじゃう……? って。

でも今朝、お母さんはいつもみたいに、私の肩をポンと押して玄関から送り出してくれた。笑いながら「いってきな」って言っていた。
元気だ。生きてる。血が混ざってしまったはずなのにピンピンしてる。

どういうことだろう……? 考えれば考えるほどわからなくなってきた。
お母さんと赤ちゃんとの間で栄養や酸素がやりとりされているのは絶対だ。理科の時間に、栄養や酸素は「血」が運ぶって習ったから、私は「お母さんの血が赤ちゃんにも流れているんだ」と考えた。
だけどそれじゃお母さんが死んじゃうはずだ。あ、それに私だって無事ではいられないや。
だから―—、何か別の方法があるはずなんだ。
熱が出そうなほどに考えた。
どうしたらお母さんは死なずに、赤ちゃんに栄養と酸素を渡せるのか。

いろいろ考えてみた。

もしかして、お母さんと赤ちゃんの場合だけ、血が混ざっても死なないようになっている?
いやいやそんなわけない。お母さんとその子どもでも、血液型がちがえば輸血はできないんだ。理由が説明できない。
じゃあもしかして……、赤ちゃんはお腹の中ではお母さんの血液型で、生まれた瞬間にその子本来の血液型に変わる?
いやいや、ないない。帝王切開って聞いたことがある。なにか事情があって、生まれる予定の日より早く、手術で赤ちゃんをお腹から取り出すやつだ。生まれ方のちがいで血液型が変わるなんてありえない。
考えすぎて混乱してきた。嫌な絵が浮かんでくる。
もしかして、お腹の中で、赤ちゃんがお母さんの血をゴクゴク飲んでるの……?
自分にあきれた。怖いよ。そして気持ち悪いよ。いやだよそんな魔界みたいな生命の誕生。
頭を抱えた。
わかんない! どーなってるの人体!?

謎が解けたのは、六年生になったある日のことだった。

今日の理科の単元は、「消化と吸収」。そこで、食べた物が体の中にどうやって吸収されるのかそのしくみを教えてもらった。
やっぱりまた「へええ」って思った。
なんとなく、噛んでくだいて胃液で溶かして、めちゃくちゃに細かくなった食べ物のかけらが、そのまま血液に乗って流れているんだと思っていた。ハンバーグを食べたら、ものすごく小さなお肉のかけらが血の中に浮かぶんだと想像していた。へええ。そうじゃないんだ。ハンバーグは、消化液のはたらきを受けて分解されて、細かな脂肪とタンパク質になる。そういう、人の体が取り込める小さな粒に変えられるんだ。

あれ? と思った。
お腹の底のほうがカアッと熱を帯びてくる。なんだろうこの感じ。体温が一気に五度も上がったみたいな変な感じ。
もしかして、これが答えなんじゃないかって、思ったんだ。

猛烈な勢いで頭が回りだした。

物を食べるってことは、体の外から、体の中に栄養を取り入れるってことだ。人は、消化というはたらきで、本来取りこめないはずの食べ物を、体に取り込んでも大丈夫な形に変えている。生き物は、外から取り入れた物質を、自分の体に入れても大丈夫なように変える力を持っているんだ。それが命を支えている。
じゃあ! じゃあだよ!
赤ちゃんにとっての外って何だ。
それはお母さんだ。栄養と酸素をたっぷり含んだお母さんの血液だ。
いつの間にか、顔が真っ赤になっていた。
わかりかけてる。

赤ちゃんは、血液型の問題があるから、栄養や酸素をもらうためにお母さんの血そのものを使うことはできない。
だけど……! お母さんと赤ちゃんは、胎盤という謎の器官でつながっていた。ずっと、なんだこれって思っていた。けど今わかった。わかったと思う。
胎盤はフィルターなんだ。小腸が栄養を体に取り込むのと同じように、赤ちゃんが体に取り込んでも大丈夫なように、お母さんの血の中から、必要な栄養と酸素だけを取り出して赤ちゃんに渡しているんだ。

だから赤ちゃんはお腹の中で成長できる。
血液型がちがっても大丈夫なんだ!
だから、私のお母さんは死なない。
そういうしくみなんだ!

教室にみんないるのに、私だけの世界だった。
思わず立ち上がっていた。そして大きな声を出していた。
けどはずかしくない。最高に気持ちいい。

「わかった!」




「真理の探究」という言葉は壮大すぎて、新しい発見や発明をした大学者や大科学者にばかりスポットが当たるけれど、本質は「知ることの喜びを知ること」なのではないかと思います。最大の喜びは、ヘレン・ケラーが物に名前があることを知った瞬間なのではないかと。

その意味で、一人の子どもの「エウレカ(わかった!)」の瞬間にスポットを当てて、真理愛を捉えてみてはどうかという提案教材です。



※涌井の創作教材です。著作権は放棄しませんが、もし授業でご使用いただく場合はご連絡等は不要です。


「真理の探究」についての「考えてみよう」はこちら


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