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小説

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#エッセイ

檸檬

「つまんないね」
私の仕事は商品の陳列を微妙にずらすことである。丁寧に並べられ積み上げられた商品を少しずつずらし、崩壊する寸前のところで手を止める。そして平然と立ち去る。私が店を出る頃に、誰かの体が触れてそれは崩れてしまう。
店員は不快な顔を隠してそれを並べ直す。崩した客は不運そうな顔をして居るだろう。「私の所為ではない、その運命と均衡が悪いのだ。」という風な面構えをしていやがる。そこに流れる瞬間

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「退屈」

昨日と今日と明日は繋がっている。十二時に境目なんて無くて、ぼんやりと続いていく。朝は夜の続きでしかなく、夜もまた。同じ朝を同じ夜を繰り返しているだけで、何も変わらない。そこには違う人が立っていて、温度や湿度が違って、明るさが違う。でもいっしょだ。構成要素が違うだけで、印象は何も変わらない。それに場所の違いってのも無い。旅に出たことがある人ならわかるだろう。身近な場所にあの場所と重なる瞬間があること

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カモの飛び方を知ってる?

 昔、おばあちゃんのお見舞いに行った時のこと。僕は親戚が苦手だからひとりでお見舞いに行った。おばあちゃんはリハビリセンターという所に入院していた。部屋に入るとおばあちゃんは寝ている。知っているよりもずっと小さくなっていた。起こすのは嫌いだから、僕は静かに本を読んでいた。

 ふと視線を感じて本を置くと、おばあちゃんが起きている。

 「あら、どちら様?」

 確かそんなようなことを聞かれた。僕のこ

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便所考

トイレは魅力的だ。家の中でもそこだけが異空間であるかのように、その閉ざされた空間は孤独に寄り添ってくれるだろう。ズッコケ三人組でハカセが愛した空間も確かトイレだった。トイレにいるとき、ハカセは誰よりも集中するのである。

トイレに置かれた白い陶器は無機質な表情をしていて、そこが家でなく公共の場であったとしても器物の羅列は魅力的に映るだろう。場によってはその壁を巡らされた配管が露わにされ、近代的な空

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宙飛ぶテキスト

テキストが宙に浮いている。

紙に印刷された言葉が、装丁を伴って本になると、本そのものが一つの筋として、言葉を先導したりする。行間や字体や空白の取り方、紙の質感、重さ、表紙の手触り。それらすべてが文章を後押しするようにそこにある。それに比べてネットにある文章というのは野ざらしだ。大きさは定まらず、空白にはランダムに広告が瞬いたりする。1ページ目の後に2ページ目が来たり、74ページ目の後に75ページ

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