不変者に注意
こんなにもモヤシに酷似した僕であるが、通っていた中高はゴリゴリの体育会系だった。当時は完全に人生の選択を誤ったと絶望の丘で立ち尽くしていたが、今となってはいい刺激になったと思っている。
6年間必死こいて通学した山奥にある中高一貫校。いじめもあったし体罰もあった。理不尽なことも沢山あったし、ずるいこともしたしされてきた。
そんな僕が中学デビューを鮮やかに失敗し、早々に戦力外通告を受けた折、ある男に出会う。
モッさんと呼ばれるその男は、うちの花形である野球部所属でありながら、野球部とそれ以外から毛嫌いされていた。当時はきつめのネタキャラだと思っていたけど、今思い返すとソフトハブだった気がする。
モッさんは野球部のくせに彼女がいなくて、野球部のくせにV系バンドをこよなく愛していた。つまり、あろうことか文芸部の僕と話が合ってしまったのだ。僕たちは友達になることを余儀なくされた。
モッさんと一緒にいることが増えて退屈は無くなったが、女っ気もなくなった。これが等価交換なのだとしたら僕はまた間違えたんだと思う。
彼が通学バスで爆音でナイトメアを聴きながらヘドバンをしている隙に、他の野球部員は高嶺の花とされるテニス部女子(通称女テニ)と逢瀬を重ね、彼がカラオケでヘッタクソなラルクを歌っている間に、他の野球部員は仲間との絆をマックで深めていた。
「有村~帰ろうぜ~」
「有村~飯食おうぜ~」
「有村~ペア組もうぜ~」
まことしやかに僕たちが付き合っているという噂が飛び交った。僕はモッさんを下げてまで全力で否定したけど、彼はこの状況を楽しんでいるようでニヤニヤするばかりだった。
ちなみに僕の本名は有村ではないが、V系バンド PlasticTreeのヴォーカル =有村竜太朗に強く影響を受けていたことからそう呼ばれていた。詳しくは以前の記事をご参照いただきたい。
高校2年生になるとモッさんはアニメと声優にハマりだした。いよいよ底なし沼で着衣泳である。とか腐している僕も同様に2次元のすばらしさに気づき、アニメイトで絶対に使い道のないクリアファイルを買い漁うようになってしまった。
こうなるともう、異性は全員退学した可能性を疑うくらい寄り付かなくなる。僕の学校では偏見の授業はなかったはずだ。
モッさんは水樹奈々(=声優界の歌姫)を信仰していたので、通学バスでヲタ芸を披露しては周りを引かせていた。僕は僕でけいおん!の音楽にハマっていたが5曲に1回UNISON SQUARE GARDENを混ぜることでアニヲタじゃないと自分に言い聞かせた。どんぐりだ。
そんなモッさんとは、高校卒業を機に離れ離れになった。僕が大学デビューを鮮やかに失敗し、絶望の丘に再度立ち尽くしていた折、久し振りに彼から連絡がきた。僕が在籍する大学がある吉祥寺駅に来ているから少し会えないかという内容だった。なんか緊張するなあ、と思いながら駅前のベンチに座って待っていると「おひさ~」となじみのある声が降ってきた。パッと顔を上げるとあの頃と寸分たがわぬ姿がそこにあった。
お互いの近況報告が終わった後、モッさんは言った。
「めっちゃオシャレじゃん、吉祥寺が似合うよ」
「モテそうだね、大学楽しんでるな~」
「サブカル感がいいね、なんかそれっぽいわ」
この時、僕は気づいた。煙たがられているモッさんとずっと一緒にいた理由。彼はいつどんな時も自分の言葉を嫌味なくまっすぐに伝えられる男だった。好きなものや人のことを「好きだ」と言える。それは友達だって同じ。思えば彼が誰かの悪口を言っているのを聞いたことがないし、自分の好きなものを否定したり隠しているのを見たことがない。その表現が純粋過ぎたが故に思春期の人間からは遠ざけられてしまったけれど。周りの目を気にして好きなモノを恥ずかしいと思い、いじられそうになったら一生懸命「好きじゃない、キモイキモイ」と嘘をついていた僕とは大違いだ。
そうか、僕は彼に安心していたんだ。
こうして僕のことを真正面から褒めてくれる。いつだって純度の高い彼の言動は、何も見返りを求めているわけではない。僕は彼に何か言わなくちゃいけないような気がした。
だけど結局出てきた言葉は
「まだ、野球続けてるんだね」
だけ。
「ううん、今はもうやってない!あ、そろそろ行かなきゃ。また会おうぜ~」
足早に去っていくモッさんを見送って僕は自分の未熟さを噛みしめていた。
でも、彼が変わらないでいてくれたことが嬉しかった。グチャグチャな感情のまま僕は遠くなっていく彼の背中に向かって叫んだ。
「「じゃあ、なんでまだ坊主なんだよ」」
2023年6月25日朝 自室にて、クーラーつけざるを得ない、初夏。
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