家賃3万円の部屋から
それは、とろりとした闇だった。
夜眠るとき、部屋を真っ暗にしなくなったのはいつ頃だろうか。
思い返せるのは、家賃3万円の家に住んでいた頃かもしれない。
駅から徒歩5分と少し、大学の近く。
オール電化と言えば聞こえがいいけれど、実際は「電気給湯器」と呼ばれる古めかしいシステムでお湯を沸かし、ガスコンロがない。
エアコンは窓枠にはめ込むタイプで、冷風しか出ない。
あの部屋の電気は、壁のスイッチでオンオフできるだけで、電気を消すと部屋は真っ暗になった。
6年近く住んでいたあの部屋を卒業したあとは、オレンジの光に照らされながら眠った。
いまも、そう。
だから眠るとき、うっかり部屋を真っ暗にしてしまったわたしは、「あ、」と小さく声を漏らした。
あ、真っ暗にしちゃった。
でもそのあと、光の速さで「まあいいか」と思い直し、ベッドに倒れ込んだ。
真っ暗なこの部屋を見るのは、久し振りだった。
思ったより、真っ暗だった。
久し振りの「ほんとうの暗闇」は、なぜだかやさしかった。
なぜだか「包まれているみたいだ」と、うっとりした。
暗闇に、抱かれる。
わたしはよく、ベッドやソファーで眠っていると船をイメージする。
海を、漂っているような気持ちになる。
それは、立派な船じゃなくて、無人島で寄せ集めた木を括ったイカダみたいな、心もとないものだった。
今日も船で、漂う。
暗闇の中を、ふわふわと流れる。
暗闇、と言うと「押しつぶされている」とか「不安」とか、もっとそういうことを感じるのだと思っていた。
でも、ぜんぜんそんなことはなかった。
抱かれている。
なにも見えなくても、不安じゃない。
ふわふわと漂って、どこへ行くかわからないけれど、あたたかなベッドはそれだけで正義で、安らぎだった。
こんな夜も悪くない。
たまにはいいじゃないか。
家賃3万円の家に住んでいたあの頃より、わたしはずいぶんと逞しくなった。
イレギュラーな日々や瞬間を、少しずつ許せるようになった気がしている。
いまでもびっくりすることはたくさんあるけど、「まあ、いいか」と思えるようになった。
まあ、いいんだ。大半のことは。
大切なときだけ、疲れたときだけ、怒ったり悲しんだり落ち込んだりするだけで。
悪くない日々じゃないか。
いつもと違う夜を、こんなにも楽しめる。
わたしは満足して、まばたきをする。
電源タップのスイッチのぼんやりとした明かりが、灯台みたいにわたしを見守っていた。
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