人参の皮
ザアッという音と一緒に、人参の皮が剥かれてゆく。
わたしは黙ってそれを見つめながら、「人参って不思議だな」と思う。
他の多くの野菜と違って、人参は皮と中身にあまり変化がない。
そもそも、人参のいちばん外側を「皮」と呼んで、ピーラーで剥いたりしているけれど、あれは本当に皮なんだろうか。
あんなに、中身と同じ様子なのに。
人参みたいに、薄皮いちまい剥げたらいいのに、と
今晩のわたしは、そんなことを考えている。
つるりと生まれ変わるような、そんな大きな変化じゃなくて構わない。
どこまでが皮で、どこからが中身かわからないような、そんな曖昧な線引きの中で
“もや”のような薄皮いちまい、いまは要らない部分を剥ぎ取って、深く息を吸うことができたら、と思う。
人間で例えるなら、「デトックス」だろうか。
毒素を吐き出す。
見た目は大きく変わらない。
*
そういえば、わたしが大学生くらいのころ「デトックス」という言葉が流行った気がする。
「おまえは、デトックスしたらメガネしか残らないな!」
メガネをかけた友達に、そんなふうに言って笑いあった記憶がある。
おまえは、メガネが本体だから、と言って。
それは悪口でもなんでもなくて、言われたほうも「なんだよ」って笑ったり、逆に「めがねが本体だから」と言っていたような気もする。
*
わたしがデトックスしたら、いったい何が残るのだろうか。
薄皮いちまい剥いだ人参のように、同じ姿を保てるのだろうか。
*
人参の薄皮みたいに、何かを削ぎ落としたい、と思う。
急いでおとなにならなくてもいい、
健全さを取り戻したい、というわけではない気もする。
ただ、”剥ぎ取りたい何か”を抱えている、そんな気がする。
剥ぎ取りたい何かを取り除いたあとにはきっと、「残したい何か」が残る。
または、「残したい何か」を守れるわたしに、なれるような気がしている。
それでは、「残したい何か」とは、なんだろうか。
わたしにとって、大切なもの。
あのときの、めがねみたいに。
「本体」と呼ばれるものは、一体なんだろうか。
*
ザアッと音を立てて剥ぎ取られた人参の皮は、ゴミ袋に落ちてゆく。
わたしはそれを見つめながら、ゆっくりと煙草の煙を吐くだけだった。
【photo】 amano yasuhiro
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