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隙間にシュークリーム

あ、やばい
と思って、目を背けた。

今はそのときでない、と言い訳をする。
今手を付けたら、昨日のエッセイを書かずに出勤することになる、と言い聞かせる。
それはよくない。
これは必要であり、合法的で正しい決断なのだ。
だから、今はそのときではないのだ。

部屋の一箇所だけ、洋服を積むことを許している。
積む種類や内容を限定してはいるものの、寒暖差が激しかったりすると、溢れてくる。
あ、あっちだった
と、取っては捨て、ひっくり返ってゆく。
そういうときが、ある。

そういうときは、全体的に部屋がごちゃっとしてる。
引き出しが、薄くいくつも空いているのもよくない。
これは閉めるだけで、しゃんと見えるのに。
わたしはドアの類をしっかり閉めることが、あまり得意ではなかった。
というのも言い訳で、「別にきっちり閉める必要はない」と、確かに思っている。

得意ではないと言っていることの幾つかは、
「別に構いやしない」と思っていることなのだ。ということにも、
もう、目を向けなくてはならない。

そんなふうに思っていたら、デスクもごちゃごちゃしていた。

近年、キーボードやピアノが埋まってしまうほどの怠惰さを発揮したりはしないのだけれど
やっぱり時々、一線を越えて散らかってしまう。

ああ、最初はひとつのピアスだったのに。
今日は疲れたから、ピアスを定位置に戻すのをやめよう。と思って、デスクに置く。

塗り終わったネイル、
手紙を書くときに使ったマスキングテープ、
ほんとうは片付けたいものたちが連なってゆく。

洋服のことは見てみぬふりをしたけれど、えいっとピアスを片付けた。
指輪もたくさん落ちてた。
マスキングテープも、なんで3種類も登場しているんだろう。

ひとつずつを拾って、「そういえば」とか「なんでだろう」と思いながらも、定位置に返してゆく。
そして1分後には「まあそれなりのデスク」の姿となっていた。

たぶん、そういうことの繰り返しなんだろう。
もう、気づいている。

最初は、ひとつのピアスだった。
疲れていただけ。
が積み重なって、爆発する。

それを少しずつ
少しつづ元に戻せれば苦労しないよ
と、怒っていたわたしのことも、覚えている。

むかはしはよく、覚えていた。
ゴミの日にゴミを出す、というふつうのことができなくて
部屋の掃除もできない女で
と、ひとつずつ最低の烙印を押して、きちんと落ち込んで、最後には怒っていた。

「大変だったね」と、あのころのわたしの肩を叩く。

いまなら言える。

あなたはたぶん、
ひとつずつを片付けられない人ではなくて
片付けるための余力を持ち合わせる努力をしていなかっただけ。
努力をしないと、余裕が生まれないってことを知らなかっただけ。

隙間にすべてを詰め込もうとしすぎただけ。
そして、動けなくなったことに気づかなかっただけ。
ずいぶん、まぬけだったわね。

いまは、良い隙間を持ちながら暮らしている。

だから時折、
ピアスを拾い集めたり
要らない洋服をひとつだけ捨てたり
少し空いてしまった引き出しを閉めたり
テーブルの上に溜まったDMを捨てられるようになったり

そういうことを、時々
ほんの時々、できるようになっただけ。

そうすることで
シュークリームを食べることにも似たような
なんだか満たされる気持ちになることを
いまは、知っているのだと思う。





※now playing





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