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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2022年6月の記事一覧

ハッピーセット

うまくいかないなあ、と思う。 ピアノ、 毎日弾いているのに。 * そもそも「うまく」の定義がよくわからない。 あまいものをたくさん食べることがしあわせな人もいるように 辛いものを求めて旅をするひともいる。 そんなふうに「うまく」って、人それぞれ違うから なにかきっと「あまい」とか「辛い」みたいに 定義付けしないといけない。 ということに気づきながらも、 わたしはなにも定めることなく、ふらふら弾き続けている。 宛てのない旅 結局、ピアノと他人になりたくないだけの

回生の本屋

もしわたしが、何日も臥せっていたら 時が経って、涙ももう乾いたころ そして少しだけ外に出られるようになったならば そのときは本屋に、本屋に放り込んで欲しい。 * 自分を元気づける方法、というのは幾通りもあって、 ひとそれぞれ、方法が違うのだ。 食べるのが好き、とか お洋服が好き、とか いろいろあって わたしはやっぱり、本だなあ。と思う。 本屋さんをうろうろして、 そのうちに元気になるから不思議だ。 おもしろそう、という気持ちは 健やかな心と身体に宿るということを知

ひとつぶのチョコレート

なにか甘いものを食べたい、と思ったときに リンツのチョコレートのことを思い出した。 このあいだ2粒、買ってもらったチョコレート。 * リンツの前を通ると、チョコレートを買うようにしている。 よく言えば「好き嫌いがない」 別の言い方をすれば「好きな食べ物がない」という相手と暮らしていると、相手を喜ばせるのがなかなか難しい、と思う。 いちばん手っ取く喜ばせる方法がプレゼントで いちばん手っ取り早いプレゼントが食べ物なのに。 そんな同居人が珍しく喜んで食べるのがリンツの

ティンカーベルの錯覚

端的に言うと、「おとなしくすごせ」と言われている。 誰にって、医者に。 仕方がないので言うことを聞きながら、ふらふらと過ごしている。 なんていうか、ささいなことで自己肯定感を上げることには、この1年長けたような気がしている。 もしかしたら、もうなんでもいい、と思っているだけかもしれない。 スガシカオが「ごめんなさい なんとかなると思っちゃう」と歌っていた、あの感じ。 わたしあれ、好きなんだよなァ。 * 最近は、余裕があると誰かのnoteを読んでいる。 かつてほど、no

お気に入りのピザのこと

「どうしようかなあ」とけっこう大きな声で言っていたので、 「どうしたの?」と尋ねてみた。 わたしはけっこう、親切な奴なのだ。 「友達が来るから、喫茶店的なところに行きたいんだけど」 「じゃあ、駅前のカフェは? ピザのところ」 「ピザぁ??」とまぬけな声が返ってきたので、丁寧に説明してあげた。 わたしが一度買ってきたピザ。 あなたと一度買いに行った喫茶店の、あのピザのこと。 おいしいって言っていたじゃないか。 「ああ、あそこね」と頷いた。 「ついでに、ピザでも買ってきておく

この街のマロンのこと

(あ、まただ…) ぎゅっと大切そうに握られた白い袋。 最近、よく見かける。 それは、この街の象徴だった。 「良い天気ね!」と語らうひとも、よく見かけるようになった。 犬の散歩をしているひと。 この街で暮らすひとたち。 わたしは目を細める。 呪われたように引っ越しを続けた20代だったけれど、この街には長く暮らしている。 尋ねられれば道の説明もそれなりにできると思うけど、まだどこか「よそ者」の感覚が抜けない。 たぶんそれはどこにいても付きまとうもので、わたしの性根そのものだ

とりあえず、ついでに。完璧じゃなくても

とりあえず、起き上がることにした。 だるいけど、眠くもなかった。 なにもしたくないと思ったけどそれだけで 片付けたいことから逃げることにも飽きたから とりあえず でもやっぱり 何をするにも面倒だから、消去法でシャワーを浴びることにした。 頭を使わなくていい、というのがよかった。 あと、これが最後に残ると面倒。というのもある シャワーが先に片付いていると、なにより気がらくなの。 なんでだろう。 だからついでに、ネイルを落とすことにした。 そろそろ落としたい頃だけれど 落とし

温野菜メーカーの妄想

椅子に座って、カバンをぎゅうっと抱きしめる。 わたしの横幅より、ほんの少し大きなサイズのカバンが、隣の席にはみ出ないように気遣いながら そして、ぼおっと眺めている。 何をするでもなく、座っている。 最近の仕事帰りは、ずっとそんな感じだった。 そして、半分くらいは眠っている。 * いくつかの駅を通り過ぎたあと、目の前に女の人が立った。 わたしはめずらしく目を覚ましていて、それでもやっぱりぼおっとしていた。 そして、なにを思うでもない視線は、正面に向かう。 目の前の人は、