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温野菜メーカーの妄想

椅子に座って、カバンをぎゅうっと抱きしめる。
わたしの横幅より、ほんの少し大きなサイズのカバンが、隣の席にはみ出ないように気遣いながら

そして、ぼおっと眺めている。
何をするでもなく、座っている。
最近の仕事帰りは、ずっとそんな感じだった。
そして、半分くらいは眠っている。

いくつかの駅を通り過ぎたあと、目の前に女の人が立った。
わたしはめずらしく目を覚ましていて、それでもやっぱりぼおっとしていた。
そして、なにを思うでもない視線は、正面に向かう。

目の前の人は、わたしより少し……いや、いくつも若いのではないかと思う。

むかしは、周りの人はみんなおとなに見えた。
それがいつしか、自分と同い年くらいになって、それからいまはもう、年下だってうんと多い。
わたしだって年齢的に言えば、充分すぎるほどおとなだった。

わたしより年下がうんと多くて
わたしより背が高い人はもっと多い。
ただ、それだけの話だった。

だから目の前の人も、きっと年下なのだろう。
もちろん、背はわたしより高い。
髪は短くて、黒かった。めがねをかけている。
そして、少し大きめの袋を抱えていた。

ビニール袋から透けている文字が見える。
「温野菜メーカー」
そう書かれていた。

なぜだかそのとき
年下の彼女が、温野菜メーカーを使う暮らしを想像した。

野菜を摂ろう、という心意気は、どういう理由でもやさしさに溢れている。と思う。
たくさんの野菜を適当に刻んで、温野菜メーカーに押し込む。
なんとなく几帳面そうな人に見えたので、野菜は一度にたくさん切って、ジップロックに小分けにするタイプかもしれない。
きっとわたしみたいに、野菜を押し込みすぎて、ぜんぜん温野菜にならない。なんてことはないんだろうなあ。

そしてそれをひとりで
もしかしたら、家族と食べる。
温野菜はうすあまいから不思議だ。
何をかけてもおいしい。

温野菜メーカー、というのがやっぱりいい。
それは、やさしい暮らしのような気がしてならない。

それはいいわね、なんていう妄想を終えて、目をつむった。
どこかにあるかもしれないし、ないかもしれない暮らしを思いながら

そして目が覚めたら女の人はいなくて
わたしも電車を降りて、始まったかもわからない物語は、静かに幕を閉じた。
そしていつもの、なんでもない、
それでも居心地の悪くない日常に、帰っていった。

ああ、今日の晩ごはんは何にしようかなあ。




【photo】 amano yasuhiro
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