マガジンのカバー画像

クッキーはいかが?

332
1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
運営しているクリエイター

2022年4月の記事一覧

ぬるい風と、ときめきの匂い

「あれ? もう1時間経った?」 休憩帰りの横顔に、声をかけた。 「雨降ってきちゃったんで」と言われて驚いた。 「雨なの?」 「今日は天気悪くなるって言ってましたよ」と、別のところからも声があがる。 「そろそろ帰ろうと思っていたのに」 仕方がない。 ずっと会社にいるわけにもいかないし、いたいとも思わない。 そろそろ帰ろう。 * レターパックを抱えて、会社を出る。 あれからほんの少し経ったいま、雨は降っていない。 代わりに、ぐわりと強い風だった。 電車を降りると、辺り

無敵のアイス

「それだけでいいの?」 「あしたの分も買っていいよ」 いなかの、おばあちゃん像。 みたいなひとと、暮らしている。 とにかく、たくさん食べさせようとする。 夜中のコンビニの、そのかごに もう充分なくらい放り込んだというのに。 わたしはといえば、計画性のある生き方や考え方は苦手で 「あしたの分」という感覚に、いまも慣れない。 あしたはあしたの、食べたいものを買えばいい。ような気がしてしまう。 だから、今晩のおやつだけで充分。 あまいものは一度にひとつ。が、基本(ときどき破

あなたの飛行船になりたい

覗き込んだ窓の、その先をゆびさして にこりとわらって、こどもみたいにはしゃいだ声で、こちらを見た。 「ねえ」 みんなに聞こえる声が、オフィスにすうっと通ってゆく。 「飛行船が飛んでるよ」 めずらしいね、と続いた声に惹かれて、何人かが立ち上がった。 「飛行船ってなんだっけ?」と言いながら、わたしも立ち上がった。 漢字は思いついたけど、姿形がわからなかった。 わからない。 だけれど目の前にあるなら、どうしても知りたい。 年々視力は落ちて、もう星も数えられないから見えるか不

小指だけつないで

眠いなあ。 と、思う。 ほんとうに眠ってしまったり 起きれないこともたくさんある。 会社に遅刻しないのが、不思議なくらい。 昨日も眠ってしまって 少しだけ早起きをして、エッセイを書いているのだけれど。 何度も目覚ましを止めて、まくらの下に押し込んで 目覚めてからも、しばらくぼおっとしていた。 おかしいな。 昨日もはやく眠ってしまったから、今日は早く起きようと思ったのに。 どうして、目覚めのすこやかさって 睡眠時間に比例しないんだろう。 * 何日か前の夜 そんなメモを

野菜は、わたしを勇ましくする

冷蔵庫に、野菜がたくさん入っている。 野菜たちはそれぞれ、わたしがすぐに食べやすい形に整えられていた。 キュウリは漬物に たまねぎとカニカマ、卵が入っているのはスープ 白菜のキムチ 久し振りに、冷蔵庫にたくさん詰まっていてにんまりする。 野菜は、わたしを勇ましくする。 タンパク質があると、なお良い。 気がつくと、コンビニのおにぎりばっかり食べちゃう。 菓子パンも好き。 菓子パンを食べ過ぎたと思うと、食パンにジャムを塗って、なんだか結局一緒になる。 ときどき塗るピザソー

ほんものの傷

化粧をしていたら、人差し指の異変に気がついた。 なんだろうと思ってつついてみたら小さな傷で驚いた。 わたしはずっと、見覚えのない傷を作ってしまうタイプ。として生きてきた。 だからめずらしいことではないのだけど、毎度律儀に驚いてしまう。 ほんとうに、心当たりなんてないんだけどなあ。 ちょっと太いボールペンの、鈍い先端みたいな傷だった。 よく見ると、うっすら血が滲んでいる。 絆創膏を貼ろうか悩んだけれど、しばらく見つめても血は滲んでいるだけだったから、そのままにした。 それ

ふたりの孤独

コンビニに行こう、と誘った。 それは、敵意がないという合図だった。 相手がどう思っているかはわからないけれど、この部屋の中にいるわたしは、3分の1くらいの割合で敵意を持っている。剥き出している。 家族がいる暮らしはむいてないなあ。と、これからも思いながら暮らしていくのだと思う。 そんなことを言ったら、人類であることもむいてないとは思う。 生まれた瞬間に泣かなかった、というのが自分らしいエピソードすぎて笑ってしまう。 多くの人ができることを、生まれた瞬間からできなかった。 そ