あなたの飛行船になりたい
覗き込んだ窓の、その先をゆびさして
にこりとわらって、こどもみたいにはしゃいだ声で、こちらを見た。
「ねえ」
みんなに聞こえる声が、オフィスにすうっと通ってゆく。
「飛行船が飛んでるよ」
めずらしいね、と続いた声に惹かれて、何人かが立ち上がった。
「飛行船ってなんだっけ?」と言いながら、わたしも立ち上がった。
漢字は思いついたけど、姿形がわからなかった。
わからない。
だけれど目の前にあるなら、どうしても知りたい。
年々視力は落ちて、もう星も数えられないから見えるか不安だったけれど。
「ずいぶん近いね」と、誰かが言った。
わたしにも、よく見えた。
空に、小さな
いや、それほど小さくもないようなサイズ感で、黒豆みたいなのが浮かんでいた。
そうだ、あれが飛行船。
ハンター試験の途中で、ゴンとキルアが会長とバスケ勝負した場所。
(昨日ちょうど、ハンターハンターを見た)
もう飛べないと言ったキキが、
トンボを助けるために飛んだ、あれも飛行船だった。
「すごいね」と言いながら、みんな席に戻った。
*
それは、妙に幸福な昼だった。
いまとなっては誰も、飛行船のことは覚えていないかもしれない。
仕事中に慌てて取ったメモには、こんなふうに書かれていた。
仕事中にみんなが浮かれて、少し嬉しくて
よかったね、なんだか良い気分だねって浮かれて
席を立っちゃったりした、あの特別な空気に
たぶんわたしも、なりたかったのだと思う。
言葉にしてみると、ずいぶんハードルが高い出来事のような気がするけれど。
少なくともこんな幸福を、ラッキーやハッピーを
誰かに話したくなっちゃうような、ささやかなことを
わたしは大切にして、
そしてあなたの話も大切に聞いて
よかったね、と笑いながら
ふらりふらりと、空を飛ぶみたいに
そういうのが、飛行船みたいな生き方なのかもしれない。
※now playing
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