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あなたの飛行船になりたい

覗き込んだ窓の、その先をゆびさして
にこりとわらって、こどもみたいにはしゃいだ声で、こちらを見た。
「ねえ」
みんなに聞こえる声が、オフィスにすうっと通ってゆく。

「飛行船が飛んでるよ」

めずらしいね、と続いた声に惹かれて、何人かが立ち上がった。
「飛行船ってなんだっけ?」と言いながら、わたしも立ち上がった。
漢字は思いついたけど、姿形がわからなかった。

わからない。
だけれど目の前にあるなら、どうしても知りたい。

年々視力は落ちて、もう星も数えられないから見えるか不安だったけれど。
「ずいぶん近いね」と、誰かが言った。
わたしにも、よく見えた。

空に、小さな
いや、それほど小さくもないようなサイズ感で、黒豆みたいなのが浮かんでいた。

そうだ、あれが飛行船。

ハンター試験の途中で、ゴンとキルアが会長とバスケ勝負した場所。
(昨日ちょうど、ハンターハンターを見た)

もう飛べないと言ったキキが、
トンボを助けるために飛んだ、あれも飛行船だった。

「すごいね」と言いながら、みんな席に戻った。

それは、妙に幸福な昼だった。
いまとなっては誰も、飛行船のことは覚えていないかもしれない。

仕事中に慌てて取ったメモには、こんなふうに書かれていた。

あなたの飛行船になりたい。

仕事中にみんなが浮かれて、少し嬉しくて
よかったね、なんだか良い気分だねって浮かれて
席を立っちゃったりした、あの特別な空気に
たぶんわたしも、なりたかったのだと思う。

言葉にしてみると、ずいぶんハードルが高い出来事のような気がするけれど。
少なくともこんな幸福を、ラッキーやハッピーを
誰かに話したくなっちゃうような、ささやかなことを

わたしは大切にして、
そしてあなたの話も大切に聞いて

よかったね、と笑いながら
ふらりふらりと、空を飛ぶみたいに

そういうのが、飛行船みたいな生き方なのかもしれない。





※now playing


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