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ほんものの傷

化粧をしていたら、人差し指の異変に気がついた。
なんだろうと思ってつついてみたら小さな傷で驚いた。

わたしはずっと、見覚えのない傷を作ってしまうタイプ。として生きてきた。
だからめずらしいことではないのだけど、毎度律儀に驚いてしまう。
ほんとうに、心当たりなんてないんだけどなあ。
ちょっと太いボールペンの、鈍い先端みたいな傷だった。

よく見ると、うっすら血が滲んでいる。
絆創膏を貼ろうか悩んだけれど、しばらく見つめても血は滲んでいるだけだったから、そのままにした。

それでも、ずきりと痛む。
小さい傷は小さいなりに、その存在を主張するかのようにはっきりと痛むのである。
さっきまでは、なんともなかったくせに。

「そんなに悪いことした?」と尋ねられたことを、今でも思い出す。

たぶん、尋ねた相手は悪いと思っていない。という意味だと思う。
わたしはどう思っているか、という感想は善悪とは少し遠いところにあって、ぐしゃりと歪んだ唇を噛む様子を見つめながら、「気にしていないよ」と答えた。

夜になって、指先の傷をもう一度見た。
もう血は滲むことはなく、アルコール消毒もほとんど染みなくなってきた。

それでも、誰かから見たら信じられないくらい小さな痛みだけれど、
確かに、わたしの中に在った。
痛みは在った。
そして去っていった。
いや、去ったのではない。
別れを告げたのだと思う。
もう痛くない、大丈夫だと。
それは傷ではなく、”傷跡”へと昇華したのだと、そう決めた。

心にも身体にも、手に負える傷の数には限界がある。
だから途中で、適切なタイミングで別れなければならない。
人生の何に怒るかを決めているように
プライドを折るタイミングを決めているように
傷と別れるタイミングも、見極めなければならない。
“ほんとう”を、見失わないために。


「気にしてないよ」と言ったときに心にじわりと滲んだ血には、カーゼを詰めておいた。
麻痺して、もう痛いかはわからないけれど、血が滲んでいないから大丈夫そうだ。
もうしばらくしたらガーゼの存在ごと、忘れようと思う。





【photo】 amano yasuhiro
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