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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2021年12月の記事一覧

靴下の夢

今日あったこと、という話を、わたしは一生懸命に聞いていた。 夜、わたしたちは話をする。 たいしたことがあったり、なかったりする。 今日は「たいしたことのある」みたいな話で、わたしはえらそうにアドバイスをしていた。 ついつい、おせっかくになってしまう。助けたい、と思ってしまう。 懲りないなあ、まぬけだなあ。放っておけばいいのに。 だからわたしは一生懸命のはずだったのに、気づいてしまった。 リビングの、靴下。 サンタさん用に、もう何週間も前から吊るしてあったやつ。 その靴下

4時26分

4時に家を出た。 * その晩、唇を噛みながらパソコンの前に座っていた。 書こう、と思った内容を、望む温度で書ききることができなかった。 こういう夜はたまにあるけれど数は少なく、訪れるとぐんと疲れる。 それでも、今日中に1本は書きたいから、と思って別の話題を引きずり出したところで、部屋の電気が消えた。 エアコンふたつと電子レンジによる停電。 パソンの再起動を乗り越え、部屋の中をぐるぐると周り、ようやく最後の一文にたどり着いたところで、部屋をノックされた。 わたしの意識は再

ときどき、夜の散歩

夜、わたしはベンチに座っている。 ときどき、夜の散歩に行く。 終電で帰ってくる人を、迎えに行く。 ほんとうは迎えなんて要らないのだけれど いいじゃないか、「お迎え」という言葉が。 するほうも、されるほうも。 わたしは外に出るのがあんまり得意じゃないけれど、 「お迎え」は魔法の言葉だ。 時間制限があるのが、いいのかもしれない。 するっとコートを羽織って、鍵とスマホだけポケットに突っ込んで マフラーをぐるぐると巻きつける。 良い季節だ。 帰り道、空がぽっかりと開くあの小道

投げやれない、友達のこと

「休みなさい」と、その人は言った。 やさしいひとで、やさしい言葉遣いをするひとだった。 だから、そんなふうに言われて驚いた。 「休んでもいいよ」と、そういう言い方をするひとだ、とわたしは思っていたのに。 やわらかい言葉はそのままに、強い意志が乗っていたことを、わたしは静かに受け止めた。 「休みなさい」 「苦しいときは、周りを頼りなさい」 その夜、降り注いできた言葉はたくさんあったけれど、持ち帰るべきはこのふたつだと思った。 このふたつを抱えることが、あなたの愛に報いるこ

やさしくて適切な

いちばん小さな花瓶に、 赤い薔薇と、白いトルコキキョウを挿した。 * 立て続けにお花をもらって、うれしい悲鳴だった。 少し前までは「部屋に花を飾る暮らしなんかできない」と思っていたのに たまに花屋に通うのが週1度になり、 周りからも「花が好きな人」と思ってもらえるようになった。 ひとってこうやって、変わってゆけるんだな。 いまだって、花の名前なんかほとんどわからないのに 花は好き、だと思う。 詳しくなくても、わたしなりに。 ちょうど「えい!」と新しい花瓶を買ったところだ

やさしい街

心がぐん、と跳ね上がったのがわかった。 あのひかりの中を歩けるとわかったら、立ち寄らないわけにはいかなかった。 * 原宿〜表参道エリアには、なにかと縁があるような気がする。 18歳で上京して、初めて連れられた東京が竹下通りだった。 「ここが東京、竹下通りだよ!」と言われた感動は、いまでも忘れない。 五右衛門のパスタと、安くてかわいいお店に感動した。 連れてきてくれたふたりの友達は、埼玉在住だったのに。 それから10年近く経って、オフィスワークをするようになってから計3年

日常

物事の陰のようなものは、音沙汰もなく近づき、次第に濃くなり、連鎖してゆく。 そのことに、わたしはもう気づいている。 何かよくない匂いを感じ取ると、部屋が散らかってゆく。 床にものが増えて、テーブルの隙間がなくなる。 洗い物も残されがち、 洗剤がなくなるのにも気づかない。 不思議だ。 最初の一手には、そんな匂いはなかったのに。 「あとにしよう」と、ずいぶんほがらかな気持ちだったし 「これは大事だからとっておこう」なんて、浮かれていたような気もする。 それなのに、 いつのま