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苦味の意外な原因

 言う間でもないかもしれないが、全盲者が一人で家に居ると不安に思うことはけっこう多かったりする。
 朝食にコンビニのホットケーキを食べた。間にバターが挟まった丸いホットケーキが一袋に2つ入っているやつだ。
 異変に気づいたのは2つめのホットケーキを食べ始めた時だった。
(ん?これなんか苦くない?!)
 一つめに食べたやつはだいじょうぶだったのだが、2つめのホットケーキのバターに舌先が触れた時思った。バターの味その物には問題はないのだけれど、その合間に何となくほんのりとした苦味を感じた。それはコーヒーにも似たほろ苦さだった。もしかしたらコーヒーフレーバーでも入っているのかもしれない。こういう時、目が見えている人が誰か居てくれたらすぐに確認してもらえるのに。
 それでもホットケーキの味その物には問題は無いので全部食べたのだが、それでも食べ終わってからも不安は拭えなかった。
 あの苦味はいったい何だったのだろうか。まさかホットケーキの中に何か薬品でも入っていたのだろうか。いやいや、コンビニのホットケーキに限ってそんなことはないだろう、たぶん。
 あるいは私の体に原因があるのか?!たとえば今飲んでいる薬の副作用とか。いやいや、現在服用している眠剤や安定剤に味覚異常の副作用があるとは心療内科の主治医も薬剤師さんも言っていなかったはず。
 味覚異常…、その言葉に思わずはっとした。というのも丁度1週間前、友人たちと神戸の街中を歩いてきたばかりだった。まさかコロナに感染して味覚異常を起したのか?!そうだとしたら非常にまずい。でも今のところのどの痛みや熱っぽさなどの症状は無いのでだいじょうぶだと思いたいが。
 そんなわけでその日は母が仕事から帰ってくるまでの間、不安でずっともやもやしながら過ごしていた。

 夕方帰宅した母に早速一連の出来事と不安について話した。すると母は落ち着いた口調でこう言った。
「あー、ハチミツが入っているからじゃないの?」
 ハチミツ…!なるほど、そうだったのか。あの苦味の原因は、ホットケーキに薬品が入っていたからでもなく、服用している薬の副作用でもなく、コロナに感染したことによる味覚異常でもなく、ホットケーキに入っていたハチミツだったようだ。
 そして母はさらにこう言った。
「味がするんならだいじょうぶだら。コロナの味覚異常って匂いとか味がしなくなるんじゃなかったっけ?」
 確かにそうかもしれない。だとしたら、まだ味がしているうちはきっとだいじょうぶなのだろう。そう思うことにしよう。
 いやあ、大したことなくて良かった。今のところ体にも特に大きな不調は感じていない。不安はただの取り越し苦労で終わって安心したけれど、あの時もしもすぐ近くに目が見えている人が居てくれたら、そこまで怯えることもなかったと思う。
 このように全盲者の一人生活は、些細な不安の上に成り立っているのかもしれない。今後一人暮らしを考えている身としては先が思いやられそうである。

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