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暮らすと働くの境界をなくすミニマルな生き方が心地いい


暮らしを小さくしていく、という概念に出会ってから、私は随分と生きやすくなったと思う。

もっと稼がなきゃそもそも生きていけないし、なんだか社会に置いて行かれてしまいそう。そんなふうに考えていて、常にお金のことしか考えていなかった気がする。フリーランスになってから、特に。

けれど、暮らしを小さくする、つまりは心の純度を高めることで今すでに十分満ち足りているということを知る…足るを知るという感覚を得られたことで、不思議なもので色んな執着からするりと解放された。


私は2021.1月からフリーライターとして主にインタビュー執筆やシナリオ執筆をしている。今は3社と契約し、月に約20時間、8時間労働の会社員換算だと月3日弱ほどの労働で7〜10万円くらいをいただいている。+カフェ勤務が週2で4万円ほど。夫が会社員とはいえ、このくらいの収入で十分すぎるぐらい我が家は幸せに暮らしている。

※詳しくはこの記事にまとめています


それでも足りない足りない、なぜかわからないけど50万くらい稼げないとダメ、稼いでる人いるから自分もやらなきゃ、なんて考えていたのがついこの間までの私である。
けれど、それはこの社会であくせく働いて得てきた代償であり、それに比例するように絡まった鎖に他ない。

それが、この鎖を解き、自らを自由にしてあげることができてからというもの、すでに満ち足りた生活にはほとんどお金は不要だった。
実際に細かく見てみると、生きる上で最低限のお金とほんの少しばかりの蓄えはもはや私が働かなくてもいいくらいで(夫の給料は会社員の平均くらい)、ちょっと消費が過剰だけど自分にとって必要だと思うこと、つまりは娯楽費をうまく循環させることができたらさらにお金という物体に頼らなくても良いのではないかと考えた。

そこで取り組んだことは、

①本当に必要か立ち止まる
基本的に欲しいものはすぐにでも買っていたのだが、リスト化して月にまとめて購入するという流れにして立ち止まる仕組みを作った。すると、大体のものは今すぐ必要ではなかった。これからも不要なのだろう。これは心の純度を高める練習でもある。うん、かなり効果あり。

②勝手に来てくれるのを待つ
考えてみれば、必要なものが本当に必要ならこの世の采配で必ず手元にやってきてくれるというスピリチュアル的な事象はあながち幻ではない。3歳の娘でさえ、このおもちゃが欲しい!というと、誕生日にじぃじばぁばが買ってくれるのだ。夫は物欲がないが、食欲だけは異常にある。笑 そして、体育会系にいて年上の人に必ず好かれる性質を持ってるが故、大体の場合食事に行ったら奢ってもらうのだ。受け取るのが上手いのもあり、職場のお客さんからもひっきりなしに差し入れをもらってくる。直接お金が入ってくるわけではないが、こうして必要な望みは自然と叶うのである。
かくいう私はというと、前回の記事で書いたようにグルメライターになったことで、素敵なお店に行ってその作り手とお話ししたり、美味しいお食事やお菓子、コーヒーにパンをいただくことができる。(会社のお金で。※ここ重要)
そう、娯楽費の大部分を占めていたこれらへの支出がほぼゼロになったのだ。そればかりか、さらに収入まである。なんということでしょう。
もう少し生々しいことでいうと、ライターになりたての頃に登録した文字起こしのアプリが実は有料で先日自動更新までされ、13000円ほどが口座から抜かれていた。(一度も使っていない)
くっそー!絶対取り返す!と、心に誓った数日後、社会保険か年金だかを重複して徴収してましたと案内が来ており、するりと16000円ほどが口座に入ってきた。お…戻ってきた、と心の中で小躍りしたものだ。
こんな具合に、今までそこに敏感になっていなかっただけで、実際はこのようなことがたくさん起こっているのである。
これに敏感になることは、受け取ることと差し出すことをそれぞれとても大切にしていることにもなる。一つ一つの小さな受け取り、差し出しに感謝することで、この一見ミラクルな循環は活発になったように思う。
ということで、本当に必要なものだけをきちんと理解できていれば、それは現金なんかの物体を超えてちゃんと手元に来てくれるのである。(現金だって来てくれる)


つまりは、やっぱりお金はそんなに稼がなくていいのだ。
もっというと、②の循環がいわゆる生業(暮らしと仕事の間に境界がない状態)で生まれたらもうこんなに幸せな人生はないのではないだろうか。

私の場合、それはグルメライターで叶い、そして次は本屋さんになることでさらに幸せが加速するのはもう明確である。(私の娯楽費の中で大きく占めるものの一つが本なのだ)
今度はそれを生業に変え、さらにお金を所持しなくても良く、なおかつ収入まで得られるという暮らしを作るのが心躍る目標であり夢なのだ。
本屋さんなんて儲からない…と思われることの方が多いかもしれない。けれど、別に儲からなくていいのである。私が私の好きに浸って生きられるくらいなら循環できるし、その好きが続くまでくらいなら持続可能な事業はできる。

この感覚さえあれば、子供の受験や家族で海外旅行というような場面が出てきても、そのために必死で働いて貯金することなんて必要ないのである。

ちょっと馬鹿げた話を月初めにしてしまったような気がするが、多くの人がこの鎖に苛まれ、心を濁しながらさらに鎖を巻く作業に追われているような気がしてならず、今私が最も伝えたいこととして勢いに任せてここまで書き上げた。誰かに少しでも届くといいなぁ



さて5月。
今月も生業に精を出し、あとは家庭菜園をスタートさせる!以上。

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