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【治療日記 #02】 手術終了〜病棟数日の様子

▼前回の続きはこちら---

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目が覚めた時、ストレッチャーに乗せられて移動してるのがわかった。

たぶん、主治医に呼びかけられて目が覚めたんだと思う。

「あさくらさん、手術は無事に終わりましたよ。腫瘍は悪性だったので、リンパ節まで切除しました。」

それを聞いて、「ああ、そうか」と思った。

同時に脳内で、システムがババババ!とその事実を処理し、次の展開に向けてどう動くかを考えはじめてた。

ショックだったけど、日頃、クライアントの問題解決のために思考を使う癖があるので、こんな時も事実を受け止めて、じゃあどうする?と考えるみたい。

人間って強い!

悲しみや苦しみの感情に寄り添うコトが大事だけど、その次には必ず行動が必要になる。

と言っても、わたしはこの後入院中の数週間かけて、静かに自分ががん患者になったコトを淡々と受け入れたんだけど。

入院中は、一人でゆっくり過ごす貴重な時間をもらえたと思った。

病院の医師や看護師さん、看護助手さんたちの働く様子を見て、頭が下がる思いだった。

* * *

前回の記事にも書いたけど、大学病院の医師や看護師たちは、若手のイケメンと美女揃いで驚いた。

ドラマにも使われた病院ということで、興味本位でかの有名な医療ドラマをNetflixで見ていたせいか、全員、若手実力派俳優に見え、そのキラキラ感たるやすごい。
(わたしがそう見えただけ…?)

そうそう、余談だけど、わたしは大学病院精密検査を余儀なくされた時、ちょうど資格取得のため、NLPのマスタープラクショナー講座に通っていた。

「来週、人生初めての精密検査に行く」という不安と共に過ごしていた時、ちょうど講義で「恐れのイメージを安心するものと意識レベルで書き換えて、克服するワーク」の回だったのだ。

そこでわたしはペアになったコーチ役の方にお願いし、「大学病院での精密検査」という恐怖の対象でしかない事象をとりあげて、そのイメージを完全に「アミューズメントパークでのワクワク体験」という設定に潜在意識で書き換え、アンカリングすることにトライしたのだ!

アンカリングは、実践心理学NLPのスキルの1つで、五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)を使って、自分が望む状態を引き出す方法

NLP-JAPANラーニングセンターWEBより

結果、翌週の本番では、完全にそれが上手くいった。

まったく不安を感じることなく検査にのぞめたのである。

* * *

まず、病院についてすぐ埋め込んだアンカーを発動し、潜在意識の書き換えたイメージにより、病院のスタッフや医師、看護師、検査技師は全てディスニーシーのキャストと化した。

その効果なのか?
どんな医師もスタッフも、どこに行っても親切で笑顔が素敵だった。

またMRIに関しては、ディズニーシーの海底2万マイルの乗り物と化した。

MRI経験ある方ならわかると思うけど、狭い中で、ガー!ガー!ガガガガガガガガ!!!ブーン!ブーン!ブーン!ギギギギギギ!ゴンゴンゴンゴン!!というものすごい音がし、身体をいっさい動かせない、あの苦痛。

だけど、それすらも、乗ったら最後、終わるまで出れないアトラクションに乗ったつもりで目を閉じて脳内ではディズニー映画のリトルマーメイドを再生し、わたしは海底を泳ぐアリエルと共にいた。

これは、心理学的ワークで無意識のイメージを書き換えたことによって目に見える体験そのものが変わったという経験そのもの。

そうやって、検査の日は新しい体験を終えた充実感で締めくくった。

* * *

話は戻って、手術後のHCUでの一晩は地獄だった。

おそらく、入院から退院までで一番大変だったのがこの日だと思う。

身体には、尿道カテーテル、ドレーン、痛み止め、点滴と全身管だらけ。

痛みは背中に入れた痛み止めが効いているらしく、それほどでもなかった。

術後の痛みに関しては、人それぞれのようだけど、わたしはこの薬がよく効いて、この後数日間もそれほど痛みで苦しいことはなかった。

術後すぐなので、痛みはそれほどではないにしても、下腹部の臓器がなくなり、なんか、とにかく苦しい。

看護師さんが来てくれて、色々処置をしてくれるも、上向きに寝ている状態で病室の天井を見つめるしかない。

管がたくさんついているので横になる時は、自分でやらずに声をかけて、とのことで、わたしはその後、20分おきにナースコールを押すことに。

「横向きになりたいです。」

「どっち向きになります?」

「では右にお願いします。」

その都度、看護師さんが手をかしてくれて向きを変えてくれる。

「クッション背中に入れますか?」

「あ、そうですね。」

そんなやりとりが数回続いた。

とにかく一つの向きにしてられなくて、ツラい…!!

それにすごく喉が乾くけど、水を飲めない。

看護師さんにお願いして、スポンジのようなもので口に水を含ませてもらった。

観念して目を閉じて寝ようと思うも、少し眠ったかと思って目をあけると10分しかたってない…。(汗)

それが5回くらい続いて、1時間もまだ経たないうちにすでに軽く絶望した。

スマホもない、テレビも見れない。

ひたすら、自分の意識との対話だけ。

あまりに時間がたたないので、身体がすっかり良くなったらやりたいコトを考えようかと思うも、身体がいうことを聞かないのでそれも上手くいかない。

またナースコールする。

「体制を変えたいです。(涙)」

すぐに来てくれて、変えてくれたとき、「こんなに何度も呼んで手を借りてしまって本当に申し訳ないです。」と半泣きで言うと、看護師さんは、「そうゆうものだから気にしないで大丈夫ですよ。」と言ってくれた。

なんて優しいの。

でも、わたし、2時間で10回くらいナースコールしてる。

さすがに情けない。

こんなにみっともなかったか、わたし。

その時、身体がすごく暑かったので、「アイスノンを頭にやりたいんですが」と言うと、持ってきてくれた。

わたしは、普段、家でも頭がのぼせるとアイスノンをやるのが習慣だった。

それで、アイスノンを枕の下に敷いてもらったら、とても楽になった。

そしたら、すーっと眠気がやってきた。

その後は、何度が目が覚めたのだけど、朝までなんとか眠ることができた。

こんなの、絶対眠れそうにない。。。と思ってたから、安心した。

翌朝、HCUで数人の看護師さんが身体を拭いてくれたり、着替えをさせてくれたり。

自分で歯磨きもさせてくれた。

少しスッキリすると、「今日はこの後午前中に病棟へ移動しますね。」とのこと。

やっとスマホが手元に!と歓喜する。

10時頃、婦人科病棟の看護師さんが2人来てくれて、HCUのベットからストレッチャーに移動し、連れ出してくれた。

2人とも、大きな手術だった私を気遣ってくれていたのか、明るい声で話しかけてくれて、すごく優しい看護師さんだった。

着いたら病室は、個室だった。

「ナースステーションのすぐ隣で数日個室になります。個室料金はかかりませんから」と。

たぶん、大部屋に行くには大手術の後すぎだったんだと思う。

その個室が快適だった!

前日が辛すぎたために、もはや天国。

わたしの荷物を全て移動してくれて、やっと手元にスマホが来た。

でもここでプチ事件発生!

電源入れると、Googleから自分のGアカウントに「Googleアカウントのセキュリティに問題があります。」とのメールが!!

見ると、今朝送られたメール。

「え?なんで、今、このタイミング?」と思うも、長年この仕事やってるとだいたい経験値もあるので、メールが本物がどうか慎重に確かめて、Googleで対処法調べて、しばらくこの作業に没頭した。

術後すぐにこのメール?と思い焦るも、その時、急に脳内が仕事モードに切り替わり、痛みや苦痛どころではなくなった。(笑)

昨日手術したばかりなのに、やることがあるって、人を病気モードにさせない。

上記の件は一件落着して、その後はひたすら、YouTubeで大好きな女優の杏ちゃんのチャンネルを観ながら、フランスの香りに包まれて痛みや不安を何とかやり過ごした。

看護師さんが来て、点滴を変える時、「お名前お願いします」って必ず聞かれて自分で名前を宣言するんだけど、「アサクラさんの名前って、なんか漫画の主人公みたいですよネッ!」と無邪気な笑顔で言ってくれた。

「えー、そうですか?初めて言われたな。」とまんざらでもないわたし。

たぶん、術後すぐで、全身管に繋がれたわたしに、少しでも安心させようと思って言ってくれたんだと思う。

なんか、そういう少しの心遣いのようなものを感じてあったかい気持ちになる。

その後、「今日は少し歩いてみましょ!」と看護師さんに言われて、歩行練習が始まる。

翌日でも、傷の癒着を防ぐため、すぐ歩かされるのだ。

わたしは、「よしきた!」と思って、やる気満々でベットから足をおろした。

ところが。

ベット脇にたったところまではよかったのだけど、その後2〜3歩歩いたら貧血みたいな感じで、くらくらして立てない。少し気持ち悪い。

仕方なく断念し、ベットに横になった。

HCUから移動させてくれた看護師さんが、「今日のノルマはもう達成してるから大丈夫!」と言ってくれて安心したけど、想定以上に弱ってると思って気落ちした。

* * *

翌日。

今度こそ!と思って立ち上がると、今度はいけた!

点滴の台を歩行器のようにして、一歩、二歩と歩いて進む。

看護師さんに、「お!いけるね!じゃあトイレまで行ってみましょ。」と言われて、500mくらい先のトイレまでゆっくり歩く。

歩けるようになったことで、管が1本づつ抜けていく。

さらに3日目くらいには、重湯から食事が始まる。

お粥のうわずみみたいのと、だしの味だけの味噌汁。

その度に自由になったわたしは、ベットの机にパソコンを広げ、治療や自分のがんについてのリサーチを始めることにした。

病気であっても、病人にはならない。

マインドを決めておくことで、この後もずっと気持ちはしっかりしていた。

次回に続きます。


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