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すずめ千家(梨木神社編)

このお話は、ハムちゃん先生がまだスパイだった頃のお話である。

京都の街を行くあてもなく歩いていた。 

自分のしているスパイの仕事は果たして
誰の役に立ち、自分は何のために働いているのか。何だかわからなくなり、仕事をバックれていたのだ。

最後に食事をしたのはいつのことだろうか。
もう3日は食べていない。
空腹で意識が朦朧としていたとき
1羽のスズメに話しかけられた。



弱ったハムスターの様子を
木の上から見兼ねて声をかけたのである。


スズメ:あなた素質あるとみたわ。
   うちでお手伝いしてくださらない?
   人手が足りてないの。

ハム:はて、わたくしのことですか?

スズメ:ええ、もちろん。とにかくついて来てね



案内されたのは、竹藪の中にある小さな茶室だった。

茶室に入ると、「まあ一服どうぞ」

と言ってスズメがお茶を差し出した。


「こりゃ、どうも。お点前頂戴いたします。」

ハムちゃん先生はひと口お抹茶を飲んだ。仕事で疲弊した喉と胃に沁みる。キュルルと空っぽのお腹が鳴った。


スズメ:あら、ハラペコハムさんだったのね。
   何か食べるものを〜


そう言って奥から出てきたのは、蓮根もちの揚げ出しあんかけ。

ここはおしとやかに頂きたいところだったが、久しぶりにありつくご馳走。夢中でかぶりついた。


ハム:失礼ですが、お手伝いとはどのようなことを...

スズメ:お腹が落ち着いたみたいね。説明するわ。我々はすずめ千家。すずめの茶道教室よ。
すずめのご先祖さまが、人間が大徳寺の地でお茶をする様子を長年観察して真似してみたのがきっかけ。すずめなりに解釈した茶道のお作法が今の時代まで伝わってるの。

ハムさんにお願いしたいのはね、お茶で使う京都の名水を毎朝汲んできてほしいの。

スズメ:我々は梨木神社という場所でお水を汲んでそれでお茶を点てるのよ。美味しいお抹茶には欠かせないの。少し肉体労働になるけれど、お願いできるかしら?まかないはたっぷりご用意するつもりよ。

ハムちゃん先生は、お茶を嗜むスズメがいたなんて、何と風流な鳥さん!と感動し、二つ返事で引き受けた。

それからというもの、ハムちゃん先生は2ヶ月の間、毎朝5時に起きて梨木神社の名水を汲みに行った。

水を運んでいる途中、スパイ養成学校時代のことを思い出した。

ロシアの養成学校に通っていたとき、とても厳しいハムスターリンという担任の先生がいた。宿題を忘れたり、遅刻すると必ず罰を受ける。それは決まって、50m離れた場所に置いてある空のバケツに、たっぷり水の入ったバケツを運んで行って、水を移し替えるという作業。それを2時間何度も繰り返しさせられる。

教室掃除のほうがよっぽど良かった。

自分のしていることに意味を見出せないということが何より残酷で辛いことを知った。

今していることは同じ水を運ぶ作業であっても、この水が茶の湯に使われ、美味しいお抹茶へと変化し誰かの役に立つ。

明確な意味と目的のある水運びを
ハムちゃん先生は一生懸命続けたのであった。

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