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三日間の箱庭(20)喜屋武尚巴(最終話)

前話までのあらすじ
 無事、久高麻里子救出に成功した喜屋武尚巴ら4人。
 喜びを分かち合うメンバーたち。
 麻里子はこの三日間が繰り返されていることを知り、どのような出来事があったのかも教えられる。
 そして尚巴は、最も大事なことを麻里子に伝えるのだった。
 涙と喜びに包まれる麻理子たち。

 喜屋武尚巴編、最終話。


■喜屋武尚巴(3)
 時間はもう、朝6時になろうとしていた。

「そうだ久高」
「なんですか?」
 俺は大事なことを思い出した。もうすぐ起こることを久高に教えておかなければ。
「そろそろな、お前の両親が来るんだよ。お前を引き取りにな」
「え?」
「時間が戻った瞬間にお前は落ちるから、もうみんなが分かってて、救急車も警察も来ないんだ。もちろん遺体を放置なんてしないんだけど、それでお前の両親が、娘は私たちが連れて帰る、って、いつも泣きながらな。で、お前の家は青梅市だろ?車で来るんだよ。で、到着するのがそろそろってことだ。でな?」
 俺は少し間を置いた。

「今日、今回、お前は遺体じゃない」
「っ!!」

 久高は息をのんで目を見開いた。その瞳はすでに潤んでいる。
「とうさん、かあさん」
 久高がそうつぶやいたとき、廊下が騒がしいことに気がついた。誰かが大声で争っているようだ。
「おまえか、おまえらかっ!娘をどこにやった?これまでずっといたんだ!ずっとだ!おまえらはまだ娘と、麻理子と俺たちを苦しめるのか!!」
 男性の叫び声と同時に女性の鳴き声も聞こえる。

 久高麻理子の両親だった。

 ふたりの声に気付いた久高は弾かれるように立ち上がり、廊下に飛び出していった。そして、俺たちも後を追って走り出す。
 廊下の先には、ビルの警備員ともみ合う夫婦の姿があった。

「とうさん!!かあさん!!」

 久高が叫んだ。
 不意に娘の声を聞いた久高の父は、警備員の腕を掴んだまま久高の顔を凝視している。久高の母は両手で口を押さえ、何かを必死に堪えている。
「ま、り、まりこか?なんで?どうしてそこにいる?」
 久高の父はまるで見てはいけないものを見たかのように目をしばたかせていたが、ようやく娘が生きている現実を理解したのか、久高に向かって2、3歩歩み寄り、立ち止まった。
「麻理子おまえ、生きてるのか?生きてるんだな?」
 その両目にはみるみる涙が溢れ、頬を伝っていた。
 久高の母はその言葉に反応するように、娘に向かって走り寄っていた。
「まりちゃん、まりちゃんなのね!あぁ、神様!!」
 久高の父も娘の元に駆け寄った。
 久高麻理子は父母の懐に抱かれていた。その目にもやはり涙が溢れ、頬を濡らしていた。

 俺たちは、長い長い時を超えて再会した親子を遠巻きに見ながら、感慨にふけっていた。
「俺たちは、やったな」
 伊藤と新田は泣いている。ふと見ると、佐久間も男泣きに泣いていた。
「俺たちは、やった」
 自然と大きな声が出た。誇らしかった。
 その声が聞こえたのか、久高の父親が顔を上げ、俺たちを見た。
「あ、あなた方は?」
 その問いには、久高が応えた。
「お父さん、この人たちは私の同僚なの。私を助けてくれたのは、この人たちよ」
「なんて?どうやってな?」
 久高の父の口から、俺の耳に馴染みのある訛りが聞こえる。
「それはね、お父さん、あの人に直接聞いた方がいいわ」
 久高はそう言うと、俺の方を向き直った。
「喜屋武さん、父の長政です。こちらは母の昌子。どうやったのか、教えていただけますか?」
「はっさ!きゃん!?喜屋武てな?」
 久高の父がさも驚いたという声を上げた。
「あんたは、うちなーんちゅね?どこのシマね?」
「あ~、はい、イチマンですけど、イチマンのキャン」

 沖縄では、生まれた土地や住んでいる場所のことを“シマ”という。俺の生まれは沖縄本島南部の糸満市喜屋武いとまんしきゃん地区、名字も喜屋武だが生まれも喜屋武だ。

「はぁ、イトマンチュね、こっちはタマグスクよ」
 訛り全開の父親と俺に、久高が顔を赤くして叫んだ。
「なんねふたりとも、はじかさ~だよ!もう!」
 しかし、そう言う久高も訛り全開だ。
「ははは!久高、お前も訛ってるぞ!それも思いっきりな!!」
 娘を指差しながら大笑いする俺を見て、久高の父は何かを決めたように立ち上がり、居住まいを正して言った。

「いや、失礼しました。喜屋武さん、麻理子の父の長政ながまさです。さ、昌子まさこもご挨拶しなさい」
 長政に促され、昌子も涙を拭いながら立ち上がって頭を下げた。
「喜屋武さん、それから皆さん、本当に、本当にありがとうございました。麻理子が生きているなんて、こんな奇跡があるなんて、ほんとに、ほんと・・」
 昌子はまた涙を流して言葉に詰まっている。

 その後、久高チームの面々が自己紹介し、それぞれが久高麻理子救出でどんな役割を担ったかを両親に話した。
「で、ですね!やっぱりこの作戦において一番の功労者は、ランディングネットを持っていたこの私、釣りガール新田里央ではないかと!」
「いやいやいや!この俊足と怪力!ラガーマン佐久間真一ではないかと思いますよ!?おとうさん!おかあさん!!」
「私は!私はなんだか影が薄かったようなんですけど、でもでも!思いっきり引っ張りました!佐久間君のお尻、思いっきりです!佐久間君のお尻担当、伊藤彩です!!」
 自分たちがどうやって久高を助けたか、最後の方はみんな変なテンションになっていたが、それが長政と昌子の笑顔を誘って、いい感じだ。
「みんなありがと、でもね、私は覚えてるの。一番最初に私に気がついてくれた人の顔、そして、一番最初に窓ガラスを破ろうとしてくれた人の顔」
 久高は笑顔で俺の顔を見上げている。

「喜屋武さん、ありがとう」
「おいおい、誰か一人でもいなかったら無理だったかもよ?なぁ、みんな」
 俺は少し照れくさくて、皆の顔を見渡した。
「はぁ、まぁそれはそうですけど、あの正拳突きを見せられなかったら、久高チーフを助けられるかも~なんて、思いませんでしたよ」
 佐久間が言う。
「ほんと、あのときの喜屋武さん、堅い!割れん!!って、でも、あれが始まりね」
 伊藤も佐久間に同調する。
 新田もニヤニヤしながらうなずく。
「あのとき、折れてましたよね、手の骨」
「おまえ新田!余計なこと言うな!!」
 俺の耳が熱くなっている。まったく恥ずかしい。
 そんな俺たちを見ながら、長政が笑顔で話し掛けてきた。
「喜屋武さん、いや、尚巴くん。よく分かりました。麻理子は本当にいい同僚に恵まれていたようだ。上司のあいつ以外」

 そして、意を決したように言葉を続けた。

「尚巴くん、君は、独身だろうか?」
 あまりに意外な問いに、俺はどう答えるか一瞬考えてしまったが、ここは嘘をつく必要もない。
「あ、はい、独身ですけど」
「そうね!?麻理子お前、尚巴くんと結婚せんか?尚巴くん、どうね!?昌子は、いいな!」
「えぇえぇ、この方なら私はもうなにも」
 昌子もうれしそうに笑顔でうなずいている。

「はぁ?」
「は?」

 俺と久高、二人同時に声を上げた。
「いやいやいや、それはいくらなんでも急な、いや、急なと言うか、ち、ちゃんと順序みたいな、なんかがあるんじゃないかと」
 俺の口からは、まったく意味不明な言い訳しか出てこない。
「それは普通はそうさ、でもさ、お前たちはもう、運命さ!!」
 長政は一歩も譲らず、運命などという、普段は滅多に聞かない単語まで持ち出して俺に迫る。
「で、麻理子、お前はどうね?」
「そうですよ、久高の気持ちが一番大事!そりゃ~久高だって、なぁ」
 そう言って俺は久高の顔を見た。
 久高は、久高麻理子は赤い顔をして微笑んでいる。こ、これは?
「麻理子はいいみたいよ?どうね、尚巴くん!うちの娘、もらわんね!!」
「っく、くぅ~~~」

 そこに伊藤が割って入った。
「いいんじゃないですかぁ?お似合いですよぉ~?」 
 変な抑揚だ。それに、ニヤニヤすんな。
「運命と言えば運命。これから3日ごとに助け、助けられるふたり、そして深まる愛、ス・テ・キ」
 新田、ステキという言葉はお前には似合わん。
「喜屋武さん!断る理由ってあります?ずっと前から彼女いねぇ彼女欲しいって言ってたじゃないですか」
 佐久間、余計なことを。
「それに喜屋武さん、こんな世界ですよ?喜屋武さんと久高チーフ、ふたりを見守る3日間、俺たちにくださいよ」
「佐久間君、いいこと言う~、ホントそうですよ喜屋武さん、久高チーフ!」
 伊藤の言葉に佐久間がこれ以上ない笑顔を返す。
「おとうさん、おかあさん、もう一押しです!ホシはもうすぐ落ちます!頑張って!!」
 なに訳の分かんないことを、新田!!
「新田さんありがとう!さぁ~尚巴くん、もう決断しようね!」

 あぁ、どうすればいい?俺に断る理由はない。でも久高は、そうだ、久高はホントはどうなんだ?

「く、久高、お前はいいのか?黙って微笑んでるだけじゃ分からんぞ?」
「あら喜屋武先輩、後輩に判断を委ねるなんて先輩らしくもない。そういうの、先輩としてどうかと思いますよ?お手本を見せていただきたいですわ」
 久高は頬を赤らめながら、精一杯の虚勢を張っているようだ。
「あぁ、そうだな、俺、おまえの先輩だもんな」
 もう、覚悟しよう。うん、覚悟した!

「久高麻理子、俺はお前の夫になる覚悟をした。お前は俺の嫁になる覚悟、あるか?」
「もちろん!」

 即答だ。長政と昌子が、抱き合って喜んでいる。
「はっさよ!娘が帰ってきたと思ったら、すぐに婿ができたさ!!今日の午後便で、沖縄に飛ぼうね!みんなも来てね!絶対よ?!」
「え!僕たちも、ですか?」
 佐久間が慌てて口を挟んだが、長政は全員の顔を見回して言い切った。
「当たり前さ!!なんで娘の命の恩人たちを結婚式に呼ばんわけ?今日は忙しくなるさ~ね!!」
 佐久間も伊藤も新田も顔を見合わせていたが、心は決まったようだ。
「はい!では喜んで!!」
 長政と昌子は満面の笑み。

 これまで何百回、娘との辛い時間を過ごした父母の喜びは想像に難くない。皆それが分かっている。もちろん俺も。

 なんということか。久高麻理子を助けたその日、俺たち久高チームは沖縄に飛ぶ。俺と麻理子の結婚式だ。
 俺の両親にも言わなくちゃ、嫁が来るぞって。
 長い長い3日間は、まだ始まったばかり。そしてまだまだ終わらない。

 あっぎじゃびよ~!(どういうことか~!)


■喜屋武尚巴編、終わり。


予告
 沖縄、久高麻里子の叔父、浜比嘉星雲はいつもと変わらぬ朝を迎えたが、その朝はすぐに特別なものとなる。
 姪の麻里子が生きていて、結婚するというのだ。
 その日のうちに披露宴をセッティングする星雲。

 浜比嘉星雲は、理論物理学者だった。
 三日間のループを破る、それに挑む科学者チームの奮闘。

 そのカギを握る浜比嘉星雲編、開始。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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