『DRINK あなたが口にする「飲み物」のウソ・ホント』食べ物と同じくらい大事な「飲み物」の知識を一冊に。【試し読み】
突然ですが、みなさんは普段から食べるものを気にして生活されているでしょうか?
「甘いものは控える」、「乳製品は太りやすいから避ける」、「糖質制限している」などなど…。実際、食べ物については、何を選ぶか、それが健康にどう影響するかを深く考える人は多いと思います。
ですが、どうして人は食べ物と同じように「飲み物」に注意を払わないのでしょうか?
・エナジードリンクは集中力を上げる?
・乳酸菌飲料が生きて腸まで届くって本当?
・グラス1杯のワインは健康に良い?
・浄水ポットの水は安全?
本書『DRINK あなたが口にする「飲み物」のウソ・ホント』は、こうした身の回りにあふれる「飲み物」にまつわる噂や効果を、健康問題の専門家である著者がエビデンスをもとに徹底解説していきます。
水、ミルク、お茶、コーヒー、炭酸飲料からお酒まで、あなたが口にする「飲み物」の疑問を解決すること請け合いの一冊になります。
それでは、本書プロローグ「食前酒」をお楽しみください。
プロローグ「食前酒」
素晴らしき飲みものの世界にようこそ。ウイスキー、ナイトキャップ、スポーツドリンク、エナジードリンク、ビール、醸造酒、果汁ジュース、チェイサー、ブランデー、グロッグ酒、神酒、ジン、ミルク、水、別れの一杯――あなたがちびちび飲るものがなんであれ、きっとこの本のなかに出てくるはずだ。だが、ちょっと待ってほしい。個々の飲みものについて詳しく説明している本が山ほどあるなか、本書にどのような意義があるのだろうか? そう、まずはありとあらゆる大人気の飲みものが一箇所にまとまっていて、とても便利だ。だが、それだけではない。この本にはもうひとつ重要な目的がある。
あなたは普段、よく考えて飲みものを選んでいるだろうか? 食べものについては、何を選ぶか、それが健康にどう影響するかを深く考える人は多い。だが、飲みものに同じくらい注意を払う人はおそらく少ないだろう。ちょっと考えてみてほしい。じつのところ自分が何を飲んでいるか、あなたは知っているのだろうか? 本当にわかっている? 断言できますか? 私たちは毎日、何杯もの飲みものを飲む――それはたぶん、喉の渇きを癒やすためだったり、目を覚ますためだったり、一日の終わりにリラックスするためだったりするだろう。だが、口にしたボトル入りの水にどんな目的があって電解質が添加されているのか、あるいはすすったグラス一杯のワインになぜ貝類エキスが入っていたりするのか、ふと疑問に思ったことはないだろうか? そこで本書の出番だ。私たちは日頃から自分が飲むものについて、一貫性がなくてややこしい、しばしば誤解を生みかねない情報の洪水にさらされている。本書では選りすぐりの科学的根拠を集めることで、飲みものがどのようにつくられ、実際に何が入っていて、体にどのような影響を与えるかについて、本質をつかめるようになっている。
それがたんなるグラス一杯の水であろうと、起き抜けのエスプレッソであろうと、あるいは最高級のシャンパンや二日酔いの朝のエナジードリンクだろうと、すべての飲みものは、私たちの体になんらかの形で影響を与える。ダグラス・アダムスのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』(安原和見訳、河出文庫)によれば、宇宙で最高の飲みものは「汎銀河ガラガラドッカン」であり、飲むと「スライスレモンに包んだ大きな黄金のレンガで脳天をかち割られる」ような効果があるという。ひるがえって地球にはこれに比肩するものは存在しないが、それでもスーパーフードなるものはある。では、「スーパードリンク」は存在するのだろうか? 乞うご期待だ。
もしあなたが、発酵飲料の真のメリットを知りたいのだろうと、ワインに入っている亜硫酸エステル(酸化防止剤)が頭痛の原因であるかをたしかめたいのだろうと、あるいはたんに購入している商品の宣伝広告の裏に潜むエセ科学にうんざりしているだけなのだろうと、本書はおすすめだ。この本には、私たちが長年にわたって味わってきた世界でもっともポピュラーな飲みものの数々に関して、科学的知見の要旨をまとめてある。また、みなが慣れ親しんでいる日常的な飲みものだけでなく、飲料業界でのブームや流行りものについても、その背後にある科学をとりあげている。インスタグラムやツイッター、ブログや雑誌は、その飲みものに健康増進効果があるという作り話を喧伝しようとする、目を引く画像やもっともらしい記事でいっぱいだ。さらにセレブたちはこぞって、科学的な用語をごちゃごちゃとならべたて飲みものをおすすめし、大勢のフォロワーに試してみるようけしかける。だが、そうした飲みものは彼らが言うほど良いものなのだろうか?(グウィネス・パルトロウ、キム・カーダシアンをはじめとするインフルエンサーたちはここで目を逸らしたくなるかもしれない)
また、本書は科学の話、一辺倒というわけではない。歴史の一場面や数々の世界記録、すばらしい発明やその他いろいろな小話なども入っている。この本を読めば、友達に物知りであるところを見せたり、酒場のクイズ大会で勝ったりできるかもしれない。まあ、こうしたおまけはカクテルのチェリーのようなものだ。もしあなたが(私と同じく)砂糖漬けのチェリーが好みでないのなら、カクテルに刺さっている小さな傘や線香花火だと思えばいい。
では、本題に入る前に、まずは飲みものについての基本事項を簡単に説明しよう。
飲みものとは何か?
飲みものを簡単に定義すれば、リフレッシュしたり栄養を摂ったりする目的で口から摂取する液体、ということになる。
口から飲み込んだ液体は、食道から胃を通って腸に到達し、そこで水分の大半が吸収される。ただ、飲みものに含まれるタンパク質や糖質をはじめとする一部の栄養素については、小腸を通じて血液中に放出可能な状態まで分解する必要がある。お酒に関して言えば、そのアルコールの大半は胃壁を通じて血液中に入る(アルコールの代謝については、第5章「アルコール飲料」で詳しくとりあげる)。血液が肝臓に移動すると、そこで栄養素が処理・貯蔵され、さらに有害物質も大半は分解される。そして必要に応じて、血管内に保持された残りのミネラルや栄養素はその後、血流に乗って体内をめぐり代謝され、さまざまな効果を及ぼす。最後に残ったものは腎臓にたどり着き、老廃物がろ過され、尿として体外に排出される。
どれくらいの量、飲むべきか?
言うまでもなく、水は命にとってなくてはならないものであり、体の大部分の機能に関わっている。私たちの体は約六割が水分でできていて、たとえば体重が七〇キログラムの人であれば、全部でおよそ四二リットルの水分が含まれていることになる。そして体からは日々、大量の水分が失われるため、脱水症状にならないよう補給する必要がある。もし十分な水を摂らなければ、細胞内で水分のバランスが崩れる(体液平衡失調)。水は正常に機能する健康な体を維持するために不可欠なので、脱水状態は数多くの症状を引き起こす。そして脱水がひどければ、当然、死にいたる。
ただ、水を飲む量が少なすぎれば脱水症になる一方で、飲み過ぎてしまうと俗に水中毒と呼ばれる低ナトリウム血症を起こすことになる。腎臓の処理能力を超えるほど水を飲むと、脱水のときと同じくやはり体液平衡失調が起こり、結果として血液中の塩分(ナトリウム)が薄まる。ナトリウムには浸透圧の働きで細胞の内部と外部との水分のバランスをとるという重要な役割がある。だが、水を飲み過ぎると血液中のナトリウム濃度が低下して余計な水分が細胞に入り込み、結果として細胞は膨らむ。これによって脳の腫れなどの症状が出ることがあり、まれではあるが水の飲み過ぎで死にいたる人もいる。とはいえ、低ナトリウム血症はそうそう起こるものではないので、そこまで心配する必要はない。ただ、持久系競技のアスリートは肉体的に極限の状態で体内の水分バランスをとるという難業を強いられるため、普通の人よりも低ナトリウム血症のリスクにさらされる可能性が高くなる。
では、結局のところ毎日どれくらい水分を摂るべきなのか? 悩ましいことに、この問いに対するもっとも正確な答えは「場合による」というものだ。なぜそうなるのか説明しよう。デスクワークに就いている成人であれば、一日に二から三リットルほどの水を消費する。私たちの体は、特定の栄養素を処理してエネルギーを得る際に、副産物として少量の水(一日あたり、およそ二五〇から三五〇ミリリットル)を生成する。だが、それ以外の水分は食べものや飲みものから摂取している。摂取した水分のうち、平均して二割から三割が食べものによるもので、残りの七割から八割が飲みものによるものだと推定される。そして日々、おもに尿(およそ一から二リットル)、便(およそ二〇〇ミリリットル)、呼吸(二五〇から三五〇ミリリットル)、汗(温暖な気候でおよそ四五〇ミリリットル)などで水分を失っている。皮膚や肺から失われる水分量は気候や温度、湿度によって変わる。さらに、年齢、体重、性別、身体活動レベルなど、さまざまな要因によって体に必要な水分量が決まる。病気もまた、必要な水分量に大きな影響を与えうる。
健康な大人であれば、喉が渇いたという感覚こそが、水分を補給するタイミングを教える知らせだ。そのため、渇きが日々飲むべき量を示すバロメーターとなる。だが子どもや老人はこうした体からのフィードバックのメカニズムがあまりうまく働かないので、渇きの兆候をすぐには認識できないことがある。だから、意識的に十分な量を飲む必要がある。
では次に、水分の補給に際して、気をつけるべきことはなんだろう。水でなければだめなのだろうか? 水分補給にカウントしてはいけない飲みものがあるのか? とりあえず、砂糖やアルコールなど、体に良くないものが含まれていないという点で、水がとくに好ましいのはたしかだ。それでもほぼすべての飲料が水分補給の役に立つ。ただし、おもな例外はアルコール飲料だ。お酒にも水は含まれているが、尿の排出を促すので、体内から失われる水分の量が増えるからだ。ただし、低アルコールビールなど度数の低いお酒は、水分補給に適しているとは言えないものの、水分摂取量を増やすことにはつながるだろう。
相関関係は因果関係を意味しない
本書では飲みものについて、なるべく詳しい解説を心がけたが(詳しすぎるところもあるかもしれない)、それでも細部まですべてを網羅しようなどとは思っていない。それは端的に言って不可能だからだ。ただ、先に進む前に、本書に提示した多くのエビデンスについて、重要な注意事項をひとつ述べておきたい。
この本でとりあげている科学的証拠の多くは、特定の飲みものと健康への影響との関係や相関に関する観察研究〔研究者が直接的な介入をすることなく、データを集めて解析する方法〕に基づいている。それは要するに、そうした研究から、ある飲みものを一定量摂取した(あるいは摂取しなかった)ことと健康上の結果のあいだに、ある種の関係があることがわかった、という意味だ。ただし、仮にXという飲みものを定期的に摂取している人は、Yという特定の健康問題を起こすリスクが低いことが判明したとしても、XとYのあいだに直接的な因果関係があるとは限らず、まったく他の理由で説明できる場合もある。たとえば、あなたは、サングラスとアイスクリームの売上げに相関関係がある――つまり、片方の売上げが上がればもう片方も上がる――のをご存じだろうか? だが、すぐに察しがつくと思うが、サングラスを買ったからといってアイスクリームを買うわけでもなければ、その逆でもない。つまり、両者の間には相関関係はあるが、因果関係はないのだ。この場合、両者と関連しているのはおそらく天気であり、天気こそが両方の売上げを左右する原因だと考えられる。
いま説明した問題についてもっと知りたい方には、軍事情報アナリストでハーバード・ロースクールの卒業生でもあるタイラー・ヴィゲンが製作したSpurious Correlations というすばらしいウェブサイトをおすすめしたい。そこではこの問題がわかりやすく解説されている(ちなみにこのサイトのコンテンツは本にもなっている)。タイラーは、適当なデータさえあれば、どんなにあり得ない事柄のあいだにも相関を見いだせることを見事に示し、そうした相関があるからといって、意味のある関係があるとは言えないことを解説している。たとえば、メイン州の離婚率とアメリカ国民一人あたりのマーガリンの消費量とのあいだには完璧な相関があることをご存じだろうか? あるいはプールに落ちて溺れた人の数が、ニコラス・ケイジが出演する映画の数と相関していることは?
要は、飲みものについて、それを裏づける科学を解釈するときには慎重になる必要がある、ということだ。それぞれの飲みもの(あるいはそこに含まれる特定の化合物)と、健康のあいだには多くの相関が見つかるかもしれない。だが、それらが本当に関連しているのかどうか、また何を意味する可能性があるかというのは、まったく別の問題なのだ。飲料がもたらす真の恩恵や実害をたしかめるには、厳密な実験(すなわち独立し、客観的で、質が高く、規模の大きい実験)をおこなって、さまざまな集団における異なる消費パターンを比較し、特定の生理的変化を調査する必要がある。さらに掘り下げて、特定の飲みものが直接的に健康に影響を及ぼすかどうかを判断するには、さらなる研究が求められる。
注意事項は以上だ。
それでは飲みものの世界をめぐる旅に出かけよう。