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【広告本読書録:074】業界まる見え読本<1>コピーライターの実際

仲畑貴志 著 KKベストセラーズ 刊

ここ数年、いくつかの広告本を出版なさっている広告界の大御所、仲畑貴志さん。『ホントのことを言うと、よくしかられる。勝つコピーのぜんぶ』とか『みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる。勝つ広告のぜんぶ』とか。御年73歳にして意気軒昂、といったところでしょうか。

今回ご紹介するのは、いまから遥か30年前に書かれたおそらく仲畑さんの最初の著書(全仕事は別)ではないかと思われる『コピーライターの実際』です。出版社は宣伝会議でもなく、誠文堂新光社でもなく、もちろんインプレスなんて設立されるうんと前。なんとあの“ワニの本”で知られるKKベストセラーズです。めっちゃ違和感。

実は『コピーライターの実際』というのは副題で、正式タイトルというかシリーズ名としての冠は『業界まる見え読本』。ううむ、と思わずうつむいてしまいそうなセンスのフレーズですね。業界まる見えって…

入門編としてベストの内容

そんなタイトルとは裏腹に、中身はめちゃ濃いです。新人コピーライターにとってはもちろん、ある程度キャリアを積んだ人にも充分役立つでしょう。

ぼくがこの本を手にとったのは、たぶん最初は六本木のアウシュビッツでアウアウやってた頃です。でも、実際にこの本が威力を発揮したのはそれから5~6年後。求人広告の現場に戻り、期せずして未経験者を一人前のコピーライターにしなければならなくなったとき。

それまで自分のコピーの作り方を体系立てて整理していなかったことから、はて困ったぞ、何から教えたらいいかな。となりました。そんなときに、この本の存在をふと思い出したのであります。

本棚の奥のほうにチョコンと座っていた新書サイズのこの本をひっぱりだして、懐かしい思い出とともにページをめくっていくと、でるわでるわ、広告づくり、コピーづくりの基本の「キ」が。

それも考え方やスタンスから、実際のテクニック論まで。当時、ぼくがメンバーに教えなくちゃな、とおもっていたことが全て網羅されていたのでした。さっそく、そのひとつひとつのエッセンスを抜き出して、インターネット求人広告に特化させたアレンジを施し、メンバーにわかるように翻訳したのでした。

それが2003年のこと。1990年に書かれた本でしたが、まったく古くならず、色褪せず。まあ、求人広告というのは商品広告と比べて約10年ぐらい表現が遅れているとおもっているのですが、それにしても有益なアドバイスがたくさんあふれています。いくつか紹介しましょう。

現場で使ったノウハウたち

①饒舌すぎるコピーは信用されない
コピーライターはセールスマンだ、と教えられて育った仲畑さん。しかしそのスタンスでコピーを書くうちに、製品を褒めれば褒めるほど受け手の心が離れていくことに気づきます。そこでポジションを企業と消費者の間に置くことに。いつしかコピーが消費者サイドの目で書かれるようになり、それが結果として製品を商品に変える「価値をつくる」仕事を果たすことになりました。これ、求人広告でもおなじことがいえるよね。

②商品の成熟とセールスポイントの変遷
いわゆる商品のライフサイクルの変化にあわせた表現の変化についてですが、これまた求人広告にも当てはまるんですね。人気の業界、珍しい職種が求人案件として世に出る。時代の変遷とともにコモディティ化すると、どう表現は変わるか。もし女子アナの募集があるとしたら、女子アナ募集です、が最も強い表現なわけです。ここに表現の技巧はいらない。いわゆる物性で語るコピーと同じですね。そういうおろし方をしました。

③コンセプトの意味~白いクラウン
非常にとらえどころのないカタカナ用語、それがコンセプトです。仲畑さんもそのことに言及していて、人によってさまざまな解釈がある、と。ただ仲畑さん自身がコンセプトとはどういうことかを説明するときによく話す例として、梶祐輔さんの『白いクラウン』を引き合いに出すそうです。社用車、公用車の色合いが強かった黒塗りのクラウンを一般に広く販売するとき、これほど明確かつ的確にバリューチェンジさせる言葉もないわけです。

④良い冗談を言おう
コンセプトやアイデアを出し合う場では冗談の持つパワーを信用している、と仲畑さん。冗談をそんな馬鹿なで終わらせないで、実行できないかと考えてみる。会議で暗い顔、しかめっ面していて明るく元気で突き抜けるアイデアは出てこない。これも求人広告の現場で常に言い続けていました。営業と制作って対立しがちな構造なんですが、そんなこと言ってちゃダメだと。同じテンションで笑いあうところから面白い広告表現は生まれるんですよね。

⑤翔びすぎ注意
だいたいひとりで作業していると頭の中でどんどん飛躍していってしまい、最終的にはなんなのか…ということ、駆け出しの頃によくありました。よく着地ができてない、なんて言われたっけ。仲畑さんはこの「翔びすぎ」をチェックするために掃除のおばさんやターゲットとなりそうな第三者にコピーを見せるんだそうです。また「はやい話が」を枕詞に訴求ポイントを何行も書いて、ある程度のところでハサミで枕詞を切り取る。重複しているものの中からよさそうなものを残して、それをテーマにまた書いていくという手法も伝授してくださいました。もち、求人の現場でも使いましたよ。

と、まあ、ほかにもたくさん実践に使わせていただいたノウハウがあるのですが、代表的なものはだいたいこんなところでしょうか。

減塩ラーメンの落とし穴

もうひとつ、本書のなかから現場でよく話した内容として『減塩ラーメン』のエピソードがあります。「人間を知らないとデータは正しく読めない」というテーマで展開された話。

あるときラーメンの広告を頼まれたことがあって、ラーメンの話をしていた仲畑さん。減塩ラーメンという、塩分の少ないラーメン。体にいいという触れ込みです。高血圧とか塩が悪いわけだからね。

そこで「減塩ラーメン買いますか」というリサーチをした。すると凄いデータが出てくるんです。その数字だけみると、これはもう当然この商品を作るべきだというようなデータがでている。で、実際に売り出すとどうか。

これがまったく売れないんですよね。

データの読み方を根本的に間違うと、こうなるという例です。だいたい人がラーメンを食べようなんてとき、理性は脇に置いておくものでしょう。でもリサーチされるなんて場におかれると、とたんに優等生的な発言をしたくなる生きものでもあります。

インスタントラーメンなんてのは理性を裏切って食べるから美味しいんです。そこを、人間のほんとうの心を、見落としてやれマーケティングだ、やれビッグデータだとやると、大コケするって話。これはやたら数字を振りかざしてクリエイティブを否定してくる営業マンに向けてぶつけたエピソードでもありました。

よくいたんだ、ほんとに。リクルートワークス研究所のデータによると…みたいなことを言って、方程式でコピーを書けという営業が。頭にきて言う通りにやらせたら…だいたい効果出ないんですよね。

マニアックな面白さもある

一方、広告ヲタクというか、マニアが思わず「むふふ」となるような、業界ウラ話・うちあけ話も。なかでも写真付きで解説してくれる『コピーライター別・原稿用紙の使い方』なんてのはもう、ミーハー心がくすぐられて仕方がない。

このコーナーは実践ノウハウとはまた違った現場のリアルがあって、ちょっとした息抜きにピッタリです。冒頭に仲畑さんは盟友、糸井重里さんの原稿用紙を紹介します。

糸井さんのおもしろいところは、仕事をエンジョイしようという姿勢。ま、しかし、仕事というのは、そういつも楽しいことばかりではないけれど、自分の手が届く範囲でできることは工夫して、というわけですね。その工夫のひとつが、日々使用する原稿用紙。糸井さんは前出(※)の原稿用紙の小型も作っている。ちょうどB6サイズですね。これいいですよ。カワイイね。どういうことで作ったのかわからないけれど、パッと見て「あ、チャーミングだな」と思わせるだけで、この原稿用紙は存在する意味がある。

※糸井さんの「タテ書き20字×10行」という原稿用紙

さらに糸井さんちには、と紹介しているのが『キャッチフレーズ専用原稿用紙・発明糸井重里』と表紙に大きく描かれている、ちょっと形の変わった原稿用紙。こんなのあるんだ~、と世の糸井ファンは当時ため息をついたことでしょう。

ここで仲畑さんは自分の悪筆を棚に上げて、他のコピーライターもたいして字がうまいわけではない、と述べているのですが、その中でも唯一の例外として眞木準さんを挙げています。

眞木さんの場合、電話で原稿を依頼したときに「僕のキレイよ、ボディコピーなんか一行おきに書く。ぜいたくで美しい」と誇っておりました。(中略)そして、それは美観だけではなく、写植屋さんのことまでを考えた、心遣いもこめられているのですね。さすが、コピーライターですね。

ほかにも変わり種として日暮真三さんの原稿用紙を紹介しています。興味ある方はぜひ本書をお手にとってみてください。

こうした原稿用紙へのこだわりは、さすがにぼくが求人広告の現場でメンバーに教えていた頃(2000年代)には通用しませんでした。みんな当然のようにパソコンで原稿を書いていたからね。

でも結構ぼくはがんこに、手書きにこだわっていたような気がします。それはいまでもかも。大型で方眼のノートか、あるいはスケッチブック、はたまたコピー用紙の裏などに0.5のロットリングでコンセプトや背景、その他アイデアの素みたいなものをつらつらと書いていましたね。

「道具へのこだわりが名コピーを生む?」仲畑さんのつけるタイトルにも「?」が付くぐらいだから、成果のほどは甚だ不明ではありますが、ただコピーライターやクリエイターは仕事のどこかに遊び心を持ち続けないといけないよ、という教えだと解釈して、偉そうに講釈たれたこともありました。

コピーライターをやめる

最後に紹介するのが、この「コピーライターをやめる」という章。もともとは『コピーライターになる方法』というパートに含まれているのですが、なぜか「やめる」話です。

この章で仲畑さんは、コピーライターという職業をやりたいとおもったら、やらないで後悔するよりやったほうがいい、といいます。しかし、この職業、それほどスゴイことをするわけではないけれど、ある種の、やはり向き不向きがあって、ダメならはやいとこやめたほうがいい、と。

誰だって数年経てばどれぐらいのコピーライターになれるかわかるわけです。べつにコピーライターが世の中でえらいわけでもなんでもないんだから、踏ん切りつけたほうがいいと諭します。

この踏ん切りを自分だけでつけるのは結構むずかしいから、誰かまわりの信用できる人に相談するのがいいよ、と仲畑さんはあくまでやさしい。

これはですね、本当に悩ましい問題でしたね。実際ぼくなんか一回足を洗っているわけです。やってもやっても上手くいかない。全然まともなコピーが書けない。そのうち会社がボスの都合でなくなることになった。これをいいことにスパッとやめちゃいましたから。

あのとき、関係のあったクリエイターの諸先輩やお世話になった代理店のみなさんたちから「もったいない」「うちにおいで」「誰々さんを紹介しようか」とたくさんのお声がけをいただきました。

でも、ぼく自身はとてもとても続けていける気がしなくて、全部断りましたからね。で、自分の力でできそうな飲み屋のあんちゃんになり、一見、幸せな人生をやり直しました、チャンチャン。となるところだったのに…。

よせばいいのにまたこっちの世界に戻ってきてしまったというね。これはもう、向き不向きの話を超えているとしか思えないですよね。導かれた感じ?なんて書くとちょっとカッコつけているようで気持ちわるいのですが、でもそんなような感覚に囚われたことも実際あるので、それはまた、別の機会に別の場所で書くことにします。

とにかく、コピー、そしてコピーライターという職業、さらにその職業に就こうとする若い衆すべてに優しく、温かく、親分肌で接してくれる207ページ。それが仲畑貴志さんの『コピーライターの実際』なのでした。

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