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【広告本読書録:035】糸井重里全仕事

広告批評の別冊③ 天野祐吉・島森路子 編 マドラ出版

ぼくは生粋のテレビっ子で、広告制作に興味をもったのもテレビコマーシャルの音楽が好きだったことがきっかけでした。それも資生堂やカネボウのキャンペーンタイアップとかじゃなくて、もっと普通のスポットCMの音楽にたまらなく惹かれた時期があったんですね。

録画装置はおろか録音機材もまともにもっていない時期だったので、お気に入りのコマーシャルが流れるであろう時間帯とチャンネルを前回見たときの記憶を頼りにあわせて、テレビのスピーカーにラジカセの内蔵マイクをくっつけて録音。ダビングすらできないので一発勝負。RECのPAUSEボタンにかけた指が「その時」に備えてプルプル震えます。

そうやって苦労して録音したTVCM音楽集は、ぼくにとっての宝物でした。

特に音楽が気に入っていたCMが3つ。ひとつはセイコーの「なぜ時計も着替えないの」アフター5編。もうひとつはアクネの「ニキビが咲いた」編。そしてもうひとつがポーラ化粧品の「わたくし箱」編。

3つとも、コピーもいいけど映像もよくて、なにより音楽が良かった。すべてスポットだったので15秒。前後1/2秒は音が入れられないので14秒。何度も繰り返して聴いているうちに、こういうものを作る側にいってみたいな、とおもうようになった。

この「わたくし箱」のコマーシャル、音楽担当のクレジットもなく、誰の曲なのか、誰が演奏しているのかわかりませんでした。でもそのコード進行や音に惹かれていたので、もしかしたら教授?なんておもっていたんです。

そうしたら36年の時を経て、わかったんですね。

以前ご紹介した『みんなCM音楽を歌っていた』に資料としてついていた大森昭男全CM作品リストに、POLAパーソナルユアーズ「わたくし箱」の名前が!そして音楽は…やっぱり坂本龍一さんでした!

そして「わたくし箱」というコピーは誰が…という疑問もそれからしばらくして解けることになります。

それは糸井重里さんだった。なぜわかったか。それは「わたくし箱」がこの本にTVCF作品として収められていたからです。

ご存知、広告批評の別冊シリーズ。①はこの書評でも紹介した仲畑貴志全仕事です。

​糸井さんは②、ではなく③。では②は誰か、というと川崎徹さんです。川崎徹さんといえば当時、糸井・仲畑と並んで「御三家」と持て囃された広告クリエイター。とにかく作るCM作るCM、流行語となる広告ブームの立役者でした。ゆえに①仲畑②川崎③糸井という鉄板を最初にもってきた広告批評はエライ。

ま、それはそれとして、この『糸井重里全仕事』を手にしたコピーライターはおそらく全員、同じことでびっくりするんじゃないかと思います。それをご紹介しましょう。

とんでもない仕事量

別冊のムック扱いなので初版もへったくれもないんですが、この全仕事、発行されたのは1983年です。糸井さんが『サムシング』という広告プロダクションでデビューしたのが70年のこと。さきほどの「わたくし箱」のCMなんかは83年だからほとんどギリギリの掲載だった感じですね。

もう既にこの時点で糸井さんは業界の頂点に立っていて、西武の「おいしい生活」なんかもしっかり掲載されている。このあとの作品、つまり掲載されていない作品でみなさんの記憶に残っているコピーといえば、おそらくですが『想像力と数百円』ぐらいではないかと。

で、その70年から83年までの13年間での仕事量が、もうね、すごいのなんのって。糸井さんこんなに仕事してるわ!というほど。驚きです。フリーランスなのにこの仕事量ってホントに驚きですよ。

売れっ子っていうのは、こういう事。そんなふうに思える仕事量です。ポスター、雑誌広告、新聞広告、テレビ…すべての媒体に露出しています。業界でいえばアパレル、書籍、アーティスト、家電、飲料、菓子、お酒、食品、イベント、映画、流通小売、化粧品、テレビ番組、時計、カメラ、フィルム…もうほとんど手を出していない産業はないといってもいいぐらい。

特にアパレルはTCC新人賞を獲ったウェルジンが有名なんだけど、圧巻はオンワードです。オンワードの『J・プレス』シリーズ広告は実に90点(!)にものぼります。後で書くけどボディコピーもギッチリ書いてるんだぞ。

全仕事、とは銘打っているけれども、たぶん漏れてる作品もあるとおもうんです。それでもこれだから本当にすごい。量は質に転化する、君が上手くならないのは量が足りてないからだ、なんてエラソーにセッキョーしていたころもありましたが、そんなわたしの仕事量なんて話になりません。

しかもほとんどクオリティが高い。まいっちゃいます。広告界の巨人とは糸井さんです。って今さらおかしな話ですが、とにかく昭和の根性論の持ち主であるぼくは、仕事量の一点だけでもかなわないなあとおもいます。

それこそ宣伝会議賞に何千本もキャッチを送って「どうだ!」と鼻息粗くなっているコピーライターくんにも読ませたい。量をこなすってのはこういう事を言うんだぜ、と。あ、また他人のふんどしで上から目線のわたし。反省します。

ボディコピーがすごく上手い

さきほども書きましたが、オンワードのシリーズ広告や西武の広告ではものすごく長いボディコピーを、しっかりと読ませる文章力で書かれています。

糸井さんといえば「僕の君は世界一。」とか「ロマンチックが、したいなあ。」「不思議、大好き。」といったキャッチコピーが有名。なのでついつい“思いつきで上手いこと言う”系のコピーライターかとおもいがち。

でも、この全仕事にはしっかりボディコピーが収録されています。しかも仲畑さんのときの反省でしょうか、読みにくいサイズに縮小された作品のボディなどは別に拡大して掲載してあります。

それを読むと、本当に上手い。ぼくはそれまで岩崎俊一さんのボディコピー信仰者だったのですが、宗旨宗派を変えたくなるほどです。

よくよく考えると糸井さんってヘンタイよいこ新聞やら、情熱のペンギンごはんやら、短編、エッセイの類をたくさんものにされています。ああいう長文ものを書く時は「違う脳みそをつかう」とおっしゃってはいましたが…そもそもブンガク青年だったのかもしれない。

ちょっと一節、引用します。

J・プレスの服は、一部の人々に敵視されています。口の悪い青年などは、真顔で「J・プレスと、自由の女神を追放しないかぎりアメリカは変わらない」と語りました。わたしたちは、これを、喜ぶべきことだと考えています。もし、J・プレスが、浮いては沈む単なるファッションだとしたら、誰が憎んでくれるでしょう。ある意味では、J・プレスを「何てイヤな服だ」と言う人々こそ、わたしたちが1902年の創立以来、とりつづけてきた姿勢の、最も良き理解者でしょう。エール大学をはじめとする名門校の出身者に多くのファンを持ち、新しい大統領に選ばれたJ・プレス。これを、鼻持ちならないと思う人は、きっと相当数にのぼるはずです。わたしたちは、そうしたアンチ・J・プレスの方々に、こう言います。「あなたがJ・プレスを着るようになったら、憎むべきJ・プレスを追放できるだろうね」…と。

これは「くたばれ、J・プレス。」というキャッチコピー、「『J・プレスと、自由の女神を追放しなければアメリカは変わらない』という意見。」というショルダーコピーに続くボディコピーです。

どうです、この見事な筆致。一行ずつ、飽きさせずに読ませる力。最後のオチの洒脱ぶり。一流のコピー・エンタテインメントといっても差し支えないし、こんなに楽しませてくれる広告を打つオンワードという会社のファンになってしまいますよね。

この広告を振り返って糸井さんは「ぼくにしてはプロっぽい?あっ、それは戦略的にそうしたの。あいつはまともなコピーが書けないんじゃないか、ひどいときには字が書けないんじゃないか、なんて疑いをもたれてたから、それをひっくり返そうと思ったわけ。ぼくだってカタいものも書けるゾ!」。むしろボディコピーの名手じゃないかとぼくなんかはおもいますけど。

そしてキャッチコピーには天賦の才が宿る

糸井さん、ボディコピーが想像以上に上手いという話をしましたが、これがキャッチコピーになると、もう上手いとかそういうレベルではない。まさに天賦の才、といってもおかしくないでしょう。

(ま、だからキャッチコピーの人、という印象なのかもしれませんが…)

全仕事からぼくの好きなキャッチコピーを抜粋しますと…

ぼくと一緒に歳をとる服。(オンワード樫山)

よろしく。(矢沢永吉)

ロマンチックが、したいなあ。(サントリーレッド)

僕の君は世界一。(パルコ)

ヨーガンレールはほとんど日本人ある。(ヨーガンレール)

ペリエは、君を知らない。(ペリエ)

ほんと、どこからこんなキャッチがでてくるのだろう…と思わされるような作品ばかり。また、この全仕事にはボツコピー集があって、そのなかにも…

あの夏の味。(サントリーエード)

着る合言葉。(モンタンペアー)

モデルたちも、客席にいることを望んだ。(西武)

なんていう「えっ?これがボツ??」と首をかしげたくなるような作品が糸井さんの手書きで並んでいるのであります。

もうね、本当に職人ですよ。糸井さんといえばエキセントリックで派手派手しいことや、若かりし頃はずいぶんと生意気だったそうで、あちこちでネガティブな受け止め方をされたと聞いております。

ぼくは世代的にはみっつほど下なのでリアタイではないのですが、それでも先輩クリエイターの中には糸井さんをよく思わない人もいたりしました。実際にそういう「反・糸井」的なクリエイターの論文を目にしたことも。

しかし、これだけのクオリティの仕事を、これだけの量こなしていたという事実だけで、やっぱり糸井さんはすごい!と思えるんですよね。当時、寝てなかったんじゃない?って気がします。

と、いうことで今回のまとめ(そんなコーナーはなかったがいまつくった。これからはレギュラー化する)。

「量は質に転化するが、質の高いものを大量に創る必要がある」

で、あります。あんまりまとまってないけど、おしまい。

今年の投稿はこれがラストになります。目を通してくださったみなさん、いいねを押してくれたみなさん、ありがとうございます。来年も続きますのでどうぞよろしく。それでは、良いお年を!

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