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緊張すること

前職の会社は出自が大阪ということもあり、社内には関西の風が吹きまくっていました。特に入社したばかりの頃はまだ人数も少なく、そのぶん人間関係は濃く、昼も夜もなくあちこちで吉本新喜劇が開催されていました。

てやんでぃべらんめぇオイラ生まれも育ちも江戸っ子でぃ、という人は確かいなかったんじゃないかな。いてもひとりかふたり。つまりべしゃりの達人で構成されている集団だったわけです。

どんなときも必ずボケる。
どんなときも必ずツッコむ。
どんなときも必ずオチをつける。

ふつうの会話でも「もうええわ」とか「ええ加減にしなさい」で終わるんです。恐ろしくないですか。そんな環境でしごかれていれば自然とこっちもべしゃり上手になりそうなもんでしょ。

ところがそうは問屋がおろさないんですね。

最初は入社して3ヶ月目のこと。上司がやるはずだった勉強会を「役員会が入ったから」と急遽バトンタッチされました。

土曜日の昼、全社員といっても20名足らずの営業の面々を前に、彼らにとってはどうでもいいような広告掲載規定のレクチャーです。

まあ、どいつもこいつも寝るわ寝るわ。

ほぼ全員が船を漕いでいるところに役員会を終えた上司、そして経営陣、さらに代表までやってきました。

「うーん…」

上司の深いため息が聞こえてきました。


それから半年後。リベンジの意味も込めて、サイトリニューアル勉強会のあるコーナーを担当させてもらいました。

僕が入社して最初のサイトリニューアルです。それはそれは気合を入れてレクチャーをはじめた30分ののち、代表からこんな言葉をいただきます。

「おいお前!お前おもんないんや!」

え?

「お前ばっかり喋っとってどないすんのや!」

あ、あの、僕が講師の勉強会…

「アホかお前巻き込まんかい!周りを!!」

西新宿の超高層ビル群がムーミンのニョロニョロの如く揺れまくるほどの怒号が飛び、ウトウトしていたフロア後方にいた社員たちも一気に目を覚ましたとさ。


なにがいけないんだ。
俺はコピーライターだぞ。
いったい何を求められてるんだ。

吹き荒れる関西の風に蹂躙されて枕を濡らしたと思ったらそれは自分の腕。その日も会社に泊まり込んでデスクに突っ伏して寝ていたのです。

ようし、こうなったら。

僕は僕を怒鳴りつけた代表をはじめ、直属の上司、営業部門責任者、女性役員などボードメンバーを中心にべしゃりの達人をベンチマークすることにしました。

朝礼で、終礼で、キックオフで、乾杯の挨拶で、勉強会で、送別会で、歓迎会で。ありとあらゆる場で彼らのべしゃりを全身で吸収し、特徴をメモり、話の展開の上手さをなんとか自分のものにしようとしました。

それから半年。

ある日、ごく少数の営業有志に文章講座を開くことになりました。就業時間後の30分、こじんまりとした会だったのでチームの島(デスクの固まり)でやったんですね。そうしたら結構笑いがとれた。最後は拍手までもらえました。

終わって自席に戻ったら女性役員がやってきて「ハヤカワさんの勉強会、ドッカンドッカンいってたわね」と笑顔でひと言。これは彼女からの100%の褒め言葉、まごうことなき賞賛でした。

そうして、べしゃり暮らしハヤカワが爆誕したのです。


それ以来、新卒学生向けセミナーでは毎回50名以上を相手に。キックオフでは回を重ねるたびに50人、100人、300人と増える社員を前に。立場上呼ばれる結婚式では主賓スピーチの常連。披露宴の司会を仰せつかることも。

前職を辞めたあともべしゃりの系譜は続きます。

内閣府の肝いり企画『プロフェッショナル人材戦略事業』のセミナーでは福岡まで出向き、800人ほどのオーディエンスの前でセミナーとパネルディスカッションを行いました。年に数回でしたが短大で講師を勤めたこともありました。

マイクを持ち、スポットライトを浴び、最初のひと言を放とうというとき、いつも思います。

(俺はなにをやっているんだ…)

しかし深くは問うまい。抗えない力に流されていくのもまた、人生の醍醐味よ。

つい先日も会社のキックオフで総合司会を担当しました。

通算10回目だったか、15回目だったか。今回はひさしぶりに全社員が一堂に会する事になりました。その数160名強。

いつも司会でタッグを組んでいるともちゃんは久しぶりのオフライン、なおかつ100名を超える聴衆を前にうまく話せるかな、と朝から緊張しているようでした。

会場に向かうタクシーの車内でともちゃんは、

「あー、もうっドキドキするっ!緊張してきました!ハヤカワさんは緊張することってあるんですかぁ?」

そうだねえ、もうないねえ、何百人いようが関係ないね…と柴田恭兵のモノマネ(ただし通じない。相手が27歳だから)で答えた瞬間、頭に火花が。

「ある!緊張すること!あるよ!」

「えっ!?どんなときですかぁ?」

「あのね、取材する前。インタビューの前は毎回すごい緊張する」

そうなのです。僕はいまだに取材前に緊張するのです。インタビューの数なんか司会業の何十倍だというのにバリバリ緊張する。

そして、この緊張があるからいいんだよなあ、とあらためて思いました。

緊張するから事前準備の下調べを徹底的にやる。想定質問をしっかり用意する。段取りを頭に叩き込む。念には念を入れてレコーダーを2台回す。

緊張するから初対面の人を無条件にリスペクトできる。会って話して、すごくいい人じゃん、と思えたらその取材は上手く言ったも同然になる。

緊張するから取材される側の人の気持ちに共感できる。インタビュー慣れしている一般人なんていない。だから場の雰囲気をとにかくほぐす。

結果、話しやすかった、とか、最初は50分も話せるかと不安だったけどあっという間でした楽しかった、と言っていただける。

僕の仕事にとって、緊張は本当に大事。
緊張しなくなったらおしまいでしょう。

そこまで思って、そうか、だからそれ以外のことでは緊張する余力がないのか、とひとり納得した僕はスポットライトを浴びながらマイクを握る小指を立て、余裕のヨッちゃんでキックオフ開会を宣言するのでありました。

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