中野 序(はじめ)

小説を書きます。

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最近の記事

アディショナル・タイム⑦

「セツナ、いま君は何をしようとした?」 新谷の前で憤慨しているアト。睥睨する彼女の目は、燃え盛る炎すら凍てつくような、そんな冷たさだった。先ほどまで沙良の部屋にいたはずだが、景色が変わっている。だが、新谷には見覚えのある風景でもあった。そう、ここは初めてアトと出会った、あの空間。遥か彼方まで、純白に包まれた、あの広大な空間だ。 「えっと……。俺は……本当のことを打ち明けようとして……」 「……あのな、真実を伝えたところで、彼女に信じてもらえると思うか?」 「それは……」

    • アディショナル・タイム⑥

       そこにあったのは、見知らぬ天井だった。 頭が痛い。ガンガンと頭を金属バットで叩きつけられているようだ。二日酔いだろうか。 新谷は悶えるように、寝返りをうった。  その直後に、訪れる驚愕。 背中に感じた、人の気配。  隣に誰かが、いる。  新谷は思わずその場から飛び退いた。朦朧としていた意識が瞬時に覚醒する。 「沙良……?」  さっきまで自身が横になっていたベッドで、沙良が寝ている。訳が分からなかった。すっぽりと記憶が抜け落ちているのだ。思い出そうとしても、何も出て

      • アディショナル・タイム⑤

        「沙良……?」  そこにいたのは、新谷の幼馴染だった。この場に居るなど予想していなかっただけに、思わず声が上擦ってしまった。 「お前、この前知り合ったばかりなのに呼び捨てかよ」 「あ、ああ……すみません……。ちょっとびっくりしちゃって……」 「いや、全然いいですよ! 気にしないでください」  そう言って沙良はペコペコと頭を下げていた。 「急に呼んで悪かったな、古川。沙良ちゃんから連絡あってさ、お前も呼んでくれって」 「俺を……」  新谷は、死後一週間の状況が分からない。古川大

        • アディショナル・タイム④

           出社した新谷に待っていたのは、生前と変わらない光景だった。新谷は定位置のデスクに座った。 「おい、古川。そこは――」  そう声をかけたのは上司の溝口課長だった。周りにいる社員も困惑の表情を浮かべている。 「えっ? ここ僕のデスクですよね」 「違う。お前の席はその隣だ。そこは……新谷の場所だろう」  新谷は、そこでようやく思い出した。今の自分が新谷刹那でないことを。促されて、そそくさと隣の椅子に座った。 「あ、あぁ……! そうですよね。寝ぼけてるのかな。ささ、仕事仕事!」  

        アディショナル・タイム⑦

          アディショナル・タイム③

           男は、這いつくばっていた。  とあるマンションの一室。必要最低限の家具のみで構成された、生活感の欠片もない、無機質な部屋。その中心で、男が一人横たわっている。  突然、その男の瞳が見開かれた。 「ここは……何処だ……?」  彼にとって、そこは見慣れない空間だった。まるで、その場所を初めて目にしたかのような反応。だが、彼の着衣は見るからに部屋着然としている。この空間の主は、紛れもなく彼のようだった。 「戻ってきた……のか……?」  男は傍らに転がっていたスマートフォンを手にし

          アディショナル・タイム③

          アディショナル・タイム②

           新谷の遺影の前には、多くの人々の姿があった。 「葬式に集まる人の数で、その人間の価値がわかるそうじゃないか」  アトは新谷に語り掛けるように言った。新谷は言葉にならなかった。 「まあ私にはこの数が多いのかはわからないが」  客観的には参列者は多いとは言えないだろう。だが、新谷にはこの場に赴いてくれた人がいるという事実が何よりも衝撃だった。参列者が順番に線香をあげていく。 「おお、綺麗な女がお前の遺影の前で泣いてるぞ。あれは、確かお前の上司だったな」  ハハハと笑いながらアト

          アディショナル・タイム②

          アディショナル・タイム①

          「死にたい……」  この言葉を呟くのは、もう何回目になるだろうか……。ふと、そんなことを考えた。素朴な疑問だったが、これまでの人生で何枚パンを食べたか? という問いと同じことだと思い至り、彼はそこで考えるのをやめた。  社会人になって、五年目の春。新谷刹那(あらやせつな)の精神は限界を迎えていた。  彼は大きな過ちを犯した。情報漏洩。重大なインシデントだ。彼は昨日、自宅に帰ってから仕事をするため、USBメモリに資料のデータを入れて持ち帰った。当然、社内では禁止されている行為

          アディショナル・タイム①

          Whatever you want

          「人の金で食う肉は美味いッ!! どうも、蓮野はぎりで〜す!!」 カメラの前で、私は手を振る。その動きに合わせるようにして、3Dのキャラクターが動く。 蓮野はぎりというのは、私が作り出したキャラクターのこと。私はいま"VTuber"として生計を立てている。 私がVTuberとして配信を始めたのは半年前のこと。あっという間に登録者が増えていき、現在は3万人を超えた。 まだまだ大手と比べたら大したことはないが、生放送をすれば一定数のファンがこうして集まってくれる。 「みん

          時間を0.1秒だけ止められる男の話

           俺には、ある"能力"がある。それは、時間を止める力だ。夢のような能力だと思うだろう。ああ、羨んでくれてもいい。だが、過ぎたる能力というのは、往々にして、それに応じた「代償」がつきものだ。俺の力も例外ではない。時間を止められるのは――たった0.1秒だけ。  しかも、一度時間を止めると、次の日とてつもない筋肉痛に襲われる。それだけ?と思うかもしれないが、これがめちゃくちゃきつい。ギリギリ日常生活は送れるが、数日間は何をするにも、その痛みが付きまとう。  たった0.1秒の代償

          時間を0.1秒だけ止められる男の話