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アディショナル・タイム②

 新谷の遺影の前には、多くの人々の姿があった。
「葬式に集まる人の数で、その人間の価値がわかるそうじゃないか」
 アトは新谷に語り掛けるように言った。新谷は言葉にならなかった。
「まあ私にはこの数が多いのかはわからないが」
 客観的には参列者は多いとは言えないだろう。だが、新谷にはこの場に赴いてくれた人がいるという事実が何よりも衝撃だった。参列者が順番に線香をあげていく。
「おお、綺麗な女がお前の遺影の前で泣いてるぞ。あれは、確かお前の上司だったな」
 ハハハと笑いながらアトは指を振る。すると、カメラの視点が変わり、上司の姿が映し出された。
「新谷。お前には期待していたんだ。だが……こんなことになるなんて……。あの日の私になにかできることはなかったのだろうか。そんなことばかり考えているよ」
 その人の名前は溝口万里(みぞぐちばんり)。厳しさの中にも優しさが垣間見える、新谷にとっては理想の上司だった。新谷は自身の失態で溝口の顔に泥を塗ってしまったことを、何よりも後悔していた。そして日ごろから感謝もしていた。しかし、もうそれを伝える機会も失われてしまった。
「次は、男だな。彼は君の数少ない友人の、井草といったか。彼は君が死んで、どう思っただろうな」
 井草垓(いくさがい)は新谷の同僚であり、プライベートでも親交のある友人だった。
「お前さ、いつも何かあったら俺に相談してたよな。悩みとかさ。なんで今回は何も言わずにどっか行っちまったんだよ……ッ!」
 井草の慟哭が響き渡る。新谷は、画面越しにその姿を見て、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。アトはというと、そんな新谷を横目に笑いを堪えるのに必死だった。
「……さあ、最後は彼女のようだ。君の――幼馴染だろ」
 新谷はまさかと思った。彼女が来るはずはない。そう思ったが、画面に映っているのは間違いなく、幼馴染の恒河沙良(つねかわさら)、その人だ。新谷は目を剥いた。彼女は生前の新谷の写真を目の前にして、泣き崩れた。
「刹那……セツナ……せつ……なぁ……。ごめん……ね……ごめんね……」
 沙良はそれからずっと、遺影に向かって謝り続けた。何度も、何度も。新谷も零れ落ちる涙を止めることができない。
「沙良、違うんだ。君が……謝ることなんて……。悪いのは全部、俺なんだ……それなのに……俺は……俺、は……」
 突然、画面が暗転した。アトは相変わらず嫌味ったらしく嗤っている。
「はい、終了。どうだった? 自分が死んだ後の世界は」
 生きている人間に、死後の世界はわからない。新谷も例外ではなく、死んだらそれで終わりだと思っていた。しかし、実際に自身がいなくなった後の世界、残された人々の姿を目の当たりにすると、自身の愚かさが喉元に突き付けられているように思えた。
「俺は……馬鹿だった。勝手に自分に価値なんてないと決めつけて、今でも価値があったかは分からないけど……。でも、それでもああして俺に言葉をかけてくれる人がいて……。死のうと思ったときはさ、俺が死ねばみんな笑ってくれるって、本気でそう思ったんだよ。でも、違った。みんな……泣いてた。笑ってる奴なんて……一人もいなかった」
「で、どうする? 君は既に死んでる。それは事実だぞ」
「さっき、二度目の人生がどうとか言ってたよな。お前が本当に神様だっていうなら、俺のこと生き返らせてくれよ。やり直させてくれ!!」
 新谷は、アトに懇願する。しかし彼女はそれを一笑に付す。
「立場を弁えたまえよ、ニンゲン。仮にも神だぞ私は。お願いする態度か? それが」
「お、お願い……します……」
 アトはまた笑って、こう答えた。
「まあ、お願いされなくても、最初からそのつもりだがね。そのために君をここに呼んだわけだし。君のやり残したこと、その後悔を晴らす手助けをしてやる」
「どこからやり直せるんだ? 何日前、いや、何年前からだ?」
「あーあー質問が多い! チャンスをもらっただけで十分だろう。好物は真っ先に食べるタイプか、君は。私はな、最後まで取っておきたいタイプなんだよ」
 アトが宙に手を翳すと、そこに扉が出現した。
「はい、この扉を通ると現世に戻れるよ。この先に進むか、否か。君が決めるんだ」
「そんなの、決まってる」
 新谷は迷いなく、ドアを開けた。扉の先には、底も見えない闇が広がっている。
「それで――いいんだな?」
 新谷はひらひらと手を振るアトを一瞥し、闇の中に再び――跳んだ。

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