Whatever you want
「人の金で食う肉は美味いッ!! どうも、蓮野はぎりで〜す!!」
カメラの前で、私は手を振る。その動きに合わせるようにして、3Dのキャラクターが動く。
蓮野はぎりというのは、私が作り出したキャラクターのこと。私はいま"VTuber"として生計を立てている。
私がVTuberとして配信を始めたのは半年前のこと。あっという間に登録者が増えていき、現在は3万人を超えた。
まだまだ大手と比べたら大したことはないが、生放送をすれば一定数のファンがこうして集まってくれる。
「みんなのスパチャが私の血となり肉となる〜! どしどしコメントよろしく!」
今夜もお決まりのフレーズとともに、生放送を開始した。始まって一分も立たないうちに、投げ銭が飛び交い始める。私はこの光景を見るのが、何よりも快感だった。
「○○さん、一万円スーパーチャット! いつもありがとうございます! えっと、なになに? これで叙○苑いけるかなー? いやー、ちょっと厳しいかもね〜」
他人からお金を貰っているのに、こんな態度でも怒られない。むしろ、好きな人にはそれが良いらしいのだ。
世間は思っていた以上に、変なヤツに溢れている。私だったら、こんな偉そうで失礼なやつにはビタ一文も払いたくないけど。
私は少し上気したような声色で、送られてきたコメントを読み上げた。すると、ほらーー
『うおおおおおおお!』
『はーちゃんありがとおおおおおおお』
『えっど』
歓喜のコメントと、投げ銭の嵐。本当にチョロいもんだ。私は無意識のうちに上がりそうになる口角を必死に抑える。配信が終わるまで、がまんがまん。
「みんな〜♡ わたしを叙々○に連れていくには、まだまだ足りないゾ♡」
こうして煽るのも、もうお決まりになっていた。毎回この調子なのに、よくもまあみんな飽きないものだ。今日も、いつも通り取り留めのない雑談をしながら、適当にゲームをやり、適当にリスナーからスパチャを貰う。それで終わりのはずだった。しかし、いま思えば、この日から全てが始まっていたのかもしれない。
『おい、マジかよ』
『ナイスパァァァァ!!』
『おいwww石油王現れたぞwww』
そのとき、私の画面にも同じように、赤色のスーパーチャットが映し出されていた。赤は高額の証。だが、今回のそれは、桁が違っていた。
「いちじゅうひゃく……よ、よんじゅうまん?!」
あまりの衝撃に、思わず地声が出てしまうほどだった。これまでにない金額のスパチャに、思わず手が震えた。金額の上限っていくらだったっけ……? そんな疑問も浮かんできたが、今はとにかく届いたコメントを読まなければ。
「コメント読み上げるね……。なになに? きょう、はじめてを捧げました。いつも楽しく配信を見ています。少しばかりですが、はーちゃんのご飯代にしてください。僕のオススメは"レバー"です」
それから、コメント欄は一気にお祭り状態になった。私もこんな高額のスパチャが届くなど、予想もしていなかっただけに、驚きが隠せなかった。
そのコメント主は「あまくに」という名前のリスナー。初めて目にした名前だった。
「あまくにさん、本当に、本当にありがとう! これできっと、10回くらいは叙○苑行けるよ!」
私は、精一杯の感謝を伝えた。画面の向こうの「あまくに」さんは、どんな顔で観ているのだろうか。
次の日の放送にも、彼は現れた。
『はーちゃんに、捧げました。今日のオススメは"マメ"です』
コメントに添えられた金額はーー60万円。前日と合わせて、既に100万円だ。本当に石油王が……? いくらファンとはいえ、見ず知らずの他人の私に、そんな金額をどうして。考えてみたって、答えなど見つからなかった。
それからしばらく「あまくに」さんは現れなかった。私は少しだけ寂しさを感じながらも、配信を続けた。人間というのは恐ろしい生き物であると、常日頃思う。何故なら、一度経験した快感は、もう忘れることはできないのだから。あの高額スパチャが送られてきたときの例えようのない快感は、私を虜にした。そして、彼が次に現れたのは、最後にコメントを残した日から一週間後のことだった。
『お待たせしました。捧げました。今日のオススメは"ミノ"です』
それから「あまくに」さんは一週間おきに現れては50万円の投げ銭だけをして、それからすぐにいなくなるーーというのが恒例になった。コメントもほぼテンプレになっていて、必ず『捧げました。今日のオススメは"○○"です』というものだった。当初は、彼からのスパチャに狂喜乱舞した。しかし、回を重ねるごと、次第にそれが「恐怖」へと変わっていった。
ある日、私は友人から食事に誘われた。場所はいつもの焼肉屋だ。
「最近さ、景気良いらしいじゃん。噂で聞いたよ。石油王からめちゃくちゃ高額の投げ銭貰ってるって。バブル?」
「まあ、うん……」
「どうした?」
「それがさ、ちょっと怖いんだよね。毎回同じようなメッセージでさ、しかもオススメの焼肉の部位を伝えてくるの……」
「なんか気味悪いな……」
「うん。そのオススメの部位も、必ずホルモンなんだよね」
「ロースとかカルビとか、肉は無いわけ?」
「とりあえず、今のところは……」
「うーん……まあ、気にするなって! お金は貰えるうちが華だからな!貰えるもんはありがたく貰っておけよ!」
「そ、そうかなあ……」
彼女との食事を終え、家に着いた。
「あんまり焼肉食べられなかったなあ」
大好きなお肉も、ほとんど手を付けることなく帰ってきてしまった。そればかりか、最近は食欲すらあまり起こらなくなっている。
配信するのも、気が向かなくなってきた。いまはそれを生業としているのに、だ。
考えるのは「あまくに」さんのこと。どうしても、彼のことばかりを考えてしまう。
リスナーの中でも「あまくに」さんについて、色々な憶測が流れていた。それもそうだ。だって、こんなの普通じゃない。きっと、いや絶対、何か裏がある。
でも、誰も追求しようとしないのは、きっとその闇を暴くのが怖いからだ。
触らぬ神に祟りなしーー。
配信でも、彼が現れるだけでそれまでの空気が一変して、静寂に包まれるようになってしまった。それは単純に、私だけでなく、他のみんなも畏れを抱いているからだろう。できることならスルーしたかった。でも、どんな理由があってもスパチャは読み上げなければならない。何故なら、お金がかかっているから。それがこの業界の不文律でもあるのだ。
考えれば考えるほど、嫌になってくる。得体の知れないものが、私に纏わりついてくる感覚。
そんな時、ふと彼女の言葉を思い出した。
「貰えるもんは貰っとけよ!」
たしかに、貰えるうちが華だ。こんなこと、一生続けていく訳にはいかないんだし。彼も、いつか私に飽きて他の人のところに行く可能性だってある。
私は、深く考えることをやめた。その方がずっと楽だ。明日からも、いつもと変わらずに配信を続けよう。それに、彼以外にも私を待っている人は大勢いる。そう、他のファンのためにも、私は辞めるわけにはいかない。
私は、次の日も、また次の日も配信を変わらずに続けた。「あまくに」さんは、しばらく現れることはなかった。
「ああ、もう飽きちゃったんだな」
私は、安堵した。得体の知れないモノから解放されて。
それから配信にも身が入るようになって、リスナーも、私も「あまくに」さんを少しずつ忘れていった。
彼が最後に姿を見せてから、丁度三ヶ月が過ぎた頃だった。ついに、その日がやってきた。
『?!!?!?!』
『ちょっと、流石にヤバくない?』
『通報しました』
『怖い怖い怖い怖い』
「いちじゅうひゃくせん……………………?!」
長い長い沈黙を破って、ついに"彼"が現れた。
総額一千万円のスーパーチャット。そして、それに添えられていたコメントを読んで────
『 こ の 放 送 は オ フ ラ イ ン で す 』
私は放送を止めた。
以下が「あまくに」さんの残した"最期"のコメントだ。
『はーちゃん。これを読んでくれているとき、僕はこの世にいないでしょう』
『このスパチャは、僕の最期の願いとしてーーある人にお願いして送ってもらいました』
『捧げました。今日のオススメは"ハツ"。僕が自らを捧げることで手にしたお金で、はーちゃんの血と肉ができるんだよ』
『僕は、僕のあげられるもの、はーちゃんが望むもの、全部を捧げたんだ』
『これで、はーちゃんと僕は一緒になれた。ずっとずっと、一緒だよ』
『あいしてる』
「あまくに」さんの赤いスーパーチャット。それは、単なる赤色ではなく──
赫い、赫い、血の色だった。
§§
あの日以来、私はVTuberを辞めた。
「あまくに」さんの一件は、ニュースにも取り上げられた。私も色々なメディアの取材を受けた。
顔出しをしていなかったことが功を奏して、いまは奇異の目を向けられることもなく、日常を送ることができている。
一度楽する手段を覚えてしまうと、人間はなかなか抜け出せなくなる。普通に仕事をして、給料を貰って生活する。そんな当たり前の生活を手にするまで、時間はかかった。
「あまくに」さんの真実。それは、臓器売買だった。自らを、その名の通り"捧げる"ことで手にした大金。彼はそれを私、いや「蓮野はぎり」という人格に注ぎ込んだ。
「蓮野はぎり」と「あまくに」を繋ぐ唯一のもの、それがスーパーチャットだったのだ。
私は、彼から貰った「命」を私腹を肥やすためには使えなかった。使えるはずがない。だから、全額チャリティー団体に寄付した。これは、彼の意思に反することになるだろうか。そうかもしれない。だが、きっとこれでいい。
正しいことをした。そう、自分に言い聞かせる。
私は、彼の分も精一杯生きていこうと思う。
彼の「愛(いのち)」が、誰かの幸せになることを、祈りながら。
§§
面白いVTuber見つけた! SNSでも紹介しよう!
蓮野はぎりさん! はーちゃん! これから全力で推していこう!
初めてスーパーチャット送ったけど、やっぱり百円くらいじゃ読まれないよね……。
みんな一万円とかスパチャできるのすごいなあ……。
はーちゃんを一番想っているのは僕なのに……。
はあ、今日も疲れたな……。あ、はーちゃん配信してる。
ハハハ、やっぱり面白いなあ、はーちゃんは。この時間だけは、いろんなこと忘れられるよ。
え……臓器を……売る……? そんなこと……できるわけないじゃないですか!
がんばって働いても、これっぽっち。このままじゃいつまでたってもはーちゃんには振り向いてもらえないよ……。
少額でもコツコツやってきたけど、これじゃダメだ……。やっぱり大金でアピールするしか……。そうだ、あの医者が言ってた……。
ああ、痛い……。苦しい……。でも、これできっとはーちゃんに届くよね……。
すごい、はーちゃんが僕のこと見てくれた! もっと、もっとお金が欲しい!
はぁ……はぁ……。あと、あと僕がはーちゃんに捧げられるものは……。
「ヒトヤさん、私が言うのもなんですけど……。本当にいいんですか?」
「心臓を摘出したら、文字通り終わりですよ。当然、報酬は払いますが。いつもの振込先でいいですか?」
お願いがあるんですーー。
「……これを? ええ、わかりました。貴方のおかげで、多くの患者が助かっているのも事実です。それくらいは、私が請負いましょう」
ありがとう、ございますーー
はーちゃん、ぼくは、きみをーー。
しんでもーーーー。
あいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?