【小説】ある朝の空虚

 こんばんは。灰澄です。
 先日の記事でご紹介したように、動画投稿を始めたのですが、とにかく編集に時間がかかります(慣れの問題なんだろうけど)。それに加え、仕事がわりとしっかりと忙しく、全然noteを更新できません。
 
 こんなはずでは……。

 そう言いつつ、今月はやる予定の無かったラジオ動画や、そもそも考えていなかったゲーム動画(配信)、朗読動画をやることを決めたので、なんか、思ったより時間がががが。

 とはいえ、このままnoteを放置するのは嫌なので、昔書いた掌編小説を載せることでお茶を濁させてください。半端に書いた下書き記事や、メモが溜まっていきます。

 世の社会人配信者の方はいつ寝ているんでしょうか。

 私は長らく、「私小説は絶対書かない」ということを決めていたのですが、この原稿を載せた同人誌を作るにあたって、「そういうのはもういいかな」と思って、自分自身が滲むものを書き始めました。今回のはそういう話です。念のため言っておきますが、書いた当時の年齢は作中人物より若いです(大事)。


 私は、朝が訪れることが怖かった。

 世界中が昨日という日を洗い流してしまったような、始まりの空気。
 不安な気持ちを沢山抱えたまま生き延びた夜を引きずっているのは私だけで、他の何もかもがリセットされてしまったみたいに思えた。

 生き延びるために必死だったあの頃。一人になることは恐ろしく、人と居ることは孤独だった。そんな私に、新たな一日を生きることを強要するのが、朝という時間だった。

 十代を生き抜いて、二十代を駆け抜けて、三十歳になった私は、正体の分からない落ち着きを手に入れた。諦観なのか、成長なのか。もしかしたら、鈍感になっただけかもしれない。

 そんな今の私にとっての朝は、あの頃よりも意味が薄い。
 
 ベッドを片して、身支度をして、コーヒーを一杯淹れる。

 開け放した窓から吹き込む冷気と、マグカップとの温度の差が、手のひらを伝って私の細胞を刺激する。
 学生服を着ていた頃よりも動作の鈍くなった身体が、徐々に覚醒して、意識が明瞭になってくる。

 息苦しさに足をとられることなく、朝を迎えるようになるとは思わなかった。

 一日を生きることが、重々しい枷のように思えたあの頃は、抱えきれないほどの憂鬱が胸の中を占めていて、世界と繋がるためには沢山の感情を処理しなければならなかった。
 けれど、今は怒りも、悲しみも、孤独も、鳴りを潜めてしまって、あんなに窮屈だった私の中は、すっかり閑散としてしまった。

 代わりのものを見つけられたわけでもなく、違った感情が沸き起こるでもなく、空っぽになってしまった場所に何を詰め込めばいいのか、分からなくなった。

 引き払った部屋のように、埃が溜まる隙間すらなくなってしまった私の中に、朝日が差し込む。何かが始まる希望もなく、何かが終わってゆく充足感もなく、空っぽな私がそこにいる。

 この緩衝地帯のような日々にも、終わりはあるのだろうか。今はただ、がらんどうの部屋に一人ただ佇んでいるような、所在なさを感じている。

 これが大人になるということなのだとしたら、何て無感動なことだろうと思う。そして、そんな時間の経過に、怒ることも怯えることもしなくなった自分の変化に、私は一抹の寂しさを覚えている。
 
 私はもう、明け方の静けさを恐れない。
 けれど、世界は、今だってこんなにも寒い。


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