排気口の純猥談第1話「BUMP OF CHICKENが好きな君が好きだった」

 台本作業の合間にyoutubeで純猥談を観ている。誰にでもある恋の物語。観ているというよりハマっている。ハマり過ぎているのかもしれない。一回性の病みたいなものかもしれない。以下は排気口の純猥談と題して1話は高校生の恋の話である。甘酸っぱくて切ない。もう戻らない青春の日々。

 排気口の純猥談第1話「BUMP OF CHICKENが好きな君が好きだった」

 「BUMP OF CHICKENって知ってる?」夕暮れに染まった帰り道でペポ彦に聞かれた。私たちは平凡な高校2年生で、もうすぐマジな感じで受験勉強しなくちゃならない時期で、2週間前にペポ彦に告白された。私は1年生の違うクラスの時からペポ彦が好きで、体育祭でみんなをまとめて応援団のリーダーやっててカッコよかったから、告白されて涙が出るほど嬉しかった。それで付き合う事になって、私とペポ彦は恋人同士だった。クラスメイトの冷やかしがくすぐったくて涼しい初夏の帰り道だった。

 「名前だけは知ってる」私が答えると「そーいえば、かおりって好きなバンド何?」って聞かれて「何にも聴かない」って答えて、ペポ彦は困った様に笑った。

 あの頃の私たちは浮かれていた。初めて手を握ったり、初めて抱き合ったり、初めてデートして私服の感じチェックしたり、初めてキスしたり、舌入れてきたり、加減が分からなくてウゲってなったりした時も、全部浮かれてた。夏のせいだし、ペポ彦のせいだし、私のせいだった。そのどれもがスゲえワクワクしてドキドキして宝物みたいだった。

 5回目ぐらいのデートで寄った本屋さんでペポ彦が万引き犯を捕まえた。万引き犯は暴れまくって、めちゃ怖だったのに、ペポ彦は全然立ち向かって行って、腕とか押さえて、引き倒して、上に乗っかって、大きな声で「警察の人たちを呼んでくださあああああああい!!」と叫んで「それまでこの万引き犯と抱き合う姿勢で待ってまああああああす!!」と続けた。私はちょっとその万引き犯に嫉妬した。

 「昔から正義感が強いんだ」とペポ彦は言った。私はカッコよかったよと言った。「この正義感にBUMPの音楽は最高に合うんだ」「勇気がもらえるんだ」「強くなれる気がするんだ」「みんなを守れそうな気がするんだ」と捲し立てたペポ彦の顔がだんだん怖くなってきたから、私は冗談にしようと思って「なんかBUMPって説教臭くない?」と間違えた感じに答えてしまってペポ彦の顔が一瞬本当に怖くなった。でもすぐに笑って「そもそも、かおりBUMP聴いてないだろお」とか言ってきてBUMPパンチとかやってきたから、セーフって思った。そもそも私はBUMPを聴いてなかった。ペポ彦から借りてはいたけど、私の部屋にあるコンポのCD入れるところに弟がザリガニの死体をブチ込んで、そこから大量のウジとかハエとか湧いてきて、マジで腹立ってそのコンポごと弟の頭をブン殴ったら、それをきっかけに、中1なのに九九の六の段から上が言えなかった弟が急に頭が良くなって、留学して、飛び級して、海を挟んで海外で弟はよく分からない研究機関で働いていた。スゲえ。ってメールしたら、姉貴のお陰だよって返信があった。

 夏になって暑くなって私とペポ彦は夏休みになって一緒に受験勉強とかして、でもお祭りにも行った。浴衣のペポ彦はカッコよくて胸がドキドキして、縁日で焼きそば買ったり、射的やったり、ヨーヨーとか、チョコバナナとか、とにかく、浴衣のペポ彦が本当にカッコよかった。私は朝早くからお母さんに手伝ってもらって髪型とか良い感じにしてもらって、それをペポ彦が可愛いって何度も言ってくれたし、お気に入りの浴衣も似合ってるって言ってくれてケータイがめちゃくちゃ浴衣だらけになった。人を好きになるって幸せな事なんだって思った。好きな人とこうして一緒にいるっていうのは最強に幸せなんだって思った。好きが消えない。ずっと毎日消えなくて、私は本当に涙が出ちゃうくらいに嬉しかった。

 毎日会ってるのに夜も長電話して、お母さんとかお父さんに怒られても布団被ってずっとお喋りして朝になって、ペポ彦の寝息が聞こえて来た時の事は今でも覚えている。ケータイ越しに聴こえるペポ彦の寝息が朝の光に溶けて消えた。それを抱きしめようか考えて手を伸ばしてみたけど掴めなかった。

 ペポ彦がどんな理由か分からないけど忙しくなってデートの回数も減って、下校の時とかもなんだか避けられてるみたいに一緒に帰る回数が減った。でもメールも電話も今まで通りだから、どう伝えれば良いのか、どんな言葉を言えば良いのか分からなくてモヤモヤしてた時に、ペポ彦が後輩の女の子と仲良く話してるのを放課後の廊下で見た。こっそり聞き耳を立ててたら、BUMPの新しいアルバムの話をしていた。もうすぐ発売楽しみだねーって笑顔のペポ彦のその笑顔を久しぶりに見たような気がした。もうすぐ発売楽しみですよねーと笑顔の後輩が眩しくて目が潰れるかと思った。最低な気分で教室に戻った。自分の期末テスト用のノートにめちゃくちゃ腹が立った。また笑い声が廊下から聞こえてきた。2人は永遠に笑い合ってるみたいだった。

 「ねえ明日日曜日だからどっか行こうよ」「ごめん、日曜日ちょっと予定ある」「先週もなかった?」「(;_;)」「その絵文字使いたいの私の方だから」「ごめん」「なんか最近、私たちなんか変じゃない?変っていうか、なんか変じゃない?」「(;_;)」 「なんか、ペポ彦に避けられてる?っていうか」「(;_;)」「全然一緒にデートとかさ」 「(;_;)」「学校でも話しかけてくれないし」「(;_;)」「受験の塾とか?忙しいのって、勉強?_」「(;_;)」「BUMPの新しいアルバムいつ発売すんの?」「12月19日」「なんでそこだけ普通に答えるの?」「(;_;)」

 もう寒くて、マフラーを巻いて、冬服になって、メールのやりとりも減ってしまった。電話はもう全然しなくなった。それでペポ彦は全然、学校にも来なくなった。先生とか聞いても原因不明とか言われて、連絡もメールの「ねえ、なんで学校こないの?国語の先生、胃潰瘍で入院したよ、期末範囲変わるって、選択の体育バトミントンにしたよ、連絡しろよ、嫌いになった?私の事、嫌いになった?」が最後で返信はなかった。

 期末テストの日だった。朝に弟から国際電話がかかってきた。でも雑音が酷過ぎて聞こえたのは「姉ちゃん、今から大事な・・・」だったので無視。大事な事がポッカリなくなった私には大事が何だか分からなくなっていた。ペポ彦はもう学校にもメールも電話も全部ダメで、最初っからいなかったみたいな感じになった。涙も出ないし、多分、もう私たちはお別れだった。

 問2を解いてる途中に激しい揺れが起こって、みんなパニックになった。先生が慌ててみんなに指示してるんだけど、先生もパニックになっていたから、ちゃんと指示を出せてなかった。地震?って思ったけど、また激しい揺れが起こってそれは学校に何かがぶつかっている様な感じだった。先生がとりあえず廊下に出て、校庭に集まれーって大声で叫んで、みんなおいよーみたいな感じで教室を出ようとした時に私は見た。窓の向こう。ペポ彦を。

 「え?ペポ彦?」「かおり!!」「え、なんで何やってるの?ペポ彦」「へへっ俺、今戦ってるんだよ」「何と?」「宇宙人と」「わお」「これ、ソルジャー高校生専用バトルロボット」激しく何かがぶつかって教室が揺れた。「ペポ彦!!」「かおりの弟が作った、これ、ロボット」また激しく揺れて、今度はすごく激しく揺れて、窓が割れた。「ねえペポ彦!!」「本当は不可視バリア張って一般市民には見えない様になってるんだけど、さっきそれ解いた。だから俺とバトルロボット見れるだろ」

 それは巨大なキリンのロボットで、長い首の先にペポ彦のコックピットがあって、今めちゃくちゃに壊れた教室に窓を割って、そのキリンのロボットの首が打ち込んで来た。その後ろに何か黒い大きい奴が校庭の真ん中あたりにいてフラフラしていた。

 「血だらけじゃん!!」「俺、高校生地球防衛軍に入ってたんだ、夏の終わりに、内申に良いと思って」「はあ?」「でも活動していくうちに、俺、スゲえやりがいがあって、夢中になって」「何言ってるの?」「あの宇宙人から人類を守ってる、かおりの弟がこのロボット作った」「それさっき聞いた」「これ作戦、囮作戦」「囮作戦?!」「この学校自体が囮なの、あの宇宙人ラスボス的なやつで、誰かが囮になって引きつけないといけないの、で、俺がそれ志願した」激しく揺れて、キリンロボットが大きく歪んだ。ペポ彦は大量の血を吐いた。「このバトルロボット、俺の感覚と一緒だから、ロボのダメージは俺のダメージなんだ」「はあ?」「とにかく、かおりに最後会いたくて、ちょっと待って、ミサイル打つわ」直後に爆音がして窓から見える風景が焼け野原になった。多分、校庭に避難したみんなとか死んだ。でも黒い宇宙人はノーダメっぽくてラスボスじゃんって思った。「やべえ、やっぱアイツ強い」「強いね」「ダメっぽいな」「じゃあ、脱出して逃げようよ」「それは出来ない」激しい揺れ、目の隅にキリンの巨大な脚が吹っ飛んでいくのが見えた。「何で?」

 「あの宇宙人ずっと前からいて、あいつら高校3年生だけを殺すんだ、それで、かおりは知らないと思うけど今まで、たくさん、高校3年生殺されてる、で、俺、もう高校3年生死んで欲しくなくて、闘ってた、あいつラスボスだから」またキリンの脚が吹っ飛んだ。「最後の作戦、この学校が選ばれた、この学校を囮にして世界中の高校3年生が救われる。だから、俺、志願した」飛行機が何機も空を飛んで爆弾落としていった。「かおり死ぬかもしれないって思ったけど、かおりだけは守れるって方に賭けた、俺、根がギャンブラーなのかもしれない」「でもうまくいかなかった、あのラスボス強いわ、俺もうダメだわ」「だから諦めるなって」「これ、あげる」

 キリンの口が開いて血だらけのペポ彦の腕が伸びてきてCDが差し出された。「BUMPの新しいアルバム、作戦の前に買ってきた」「・・・」「1回しか聴けなかったけどめっちゃ良かった、これかおりにあげる」「・・・」「俺の代わりに何回も聴いてくれよ」「・・・」「うまくそっちから見えないと思うけど、俺、今、藤くんみたいに髪伸ばしてるんだ、ギターも挑戦してみた、天体観測のリフなら引ける、ゆっくりなら、ライブも行きたかった、かおりと行きたかった、でも、BUMPめっちゃ人気だから全部外れた、行きたかったなあ・・・BUMPのライブ、俺、ずっと勇気もらってたから、ありがとうってBUMPのみんなに伝えたかった」

 「この作戦の前も、さっきまで闘ってた時も、ずっとBUMP歌ってた、これ、だから、かおり、これに全部詰まってる」ペポ彦がまた血を吐いて、もう本当にこれがあのペポ彦なのか分からなかった。「この新しいBUMPのアルバムに、かおりへの好きとか今までの楽しい思い出とか全部詰まってる、俺が詰めた、だから消えない、消えないから、何回でも聴いて、消えないから、好きとか、俺とか、思い出とか」ペポ彦は泣いてなかった。笑っていた。すごく大きな爆発音がしてキリンが大破した。「へへっ・・・俺もう身体の感覚ないや」「ペポ彦」「かおり」「好きだよ」「俺も」「ペポ彦、よく頑張ったんだね」「うん」「よく頑張ったよ」「うん」「えらいよ」「BUMPがいたから」「私はペポ彦がいないと頑張れないよ」「そんな事ないよ、BUMPが俺だから」「ペポ彦はBUMPなの?」私は泣いていた。「うん、だから、このアルバム聴いて欲しいんだ」それからキリンはずるずると校庭に落ちていった。宇宙人はその時になってようやくバタンって倒れた。私は、ペポ彦の血だらけのCDと、手と腕だけを見つめていた。後のペポ彦はキリンロボット毎ずるずると下に落ちていった。校庭には血だらけの生徒や先生が沢山いた。生きてるみんなも死んでるみんなもいた。放課後の廊下でペポ彦と楽しそうに話していた後輩の女の子は生きていた。私は本当に良かったって思った。それから今度は声を出して泣いた。

 「お母さーん、リストバンドしていく?」娘のケツ子が聞いてきた。「うん」「えーじゃあ私もしようかな?Tシャツはあっちで買うでしょ?」期末テストも終わって娘は元気に準備をしている。明日は朝の早くに家を出て新幹線に乗って東京ドームまで行く。あれから宇宙人は全滅したらしい。弟が教えてくれた。弟は高校生地球防衛軍の特別チビ顧問だった。あの朝、弟は私に電話で学校から逃げろと伝えたかったらしい。それから、私は大学に進学した。いくつかの恋をして、その中で叶わなかった恋と叶った恋があって、何人かと付き合って、今の夫と結婚した。しばらくして娘のケツ子が生まれた。その間に何回も BUMPのライブに応募したのだけど、全部外れてしまった。娘のケツ子が小学生になっても、中学生になって BUMPを好きになってもライブの抽選は当たらなかった。反抗期で大変だったケツ子が高校生1年生の時も、初めて彼氏が出来たと報告してきたケツ子が高校2年生の時もライブの抽選に外れて観れなかった。でも、ようやく明日、観に行ける。ライブのチケットが当たった。ケツ子と私の2人。将来の夢を見つけたと言い出したケツ子が高校3年生の夏。 BUMPのライブを観に行ける。東京ドームまで。

 「ねえ、ケツ子」「何?お母さん」「お母さんには教えてよこっそりと」「何を?」「将来の夢、今度三者面談でしょ?その時までお父さんには言わないから」流れる新幹線の車窓に顔を向けていたケツ子が私を振り向いて言った「万引きGメン」「いいじゃん」

 「じゃお母さんも教えてよ」「何?」もうすぐ東京ドームに着く。周りには沢山の BUMPのファンの子たちがいた。みんな楽しそうにワクワクしたようにドキドキしたように顔を輝かせている。みんなウキウキで浮かれている。「何で BUMP好きなの?」まるで、あの頃の私たちのようだ。今から BUMPのライブに行くこの子たちは。まるで、あの頃のペポ彦と私のようだ。「お母さん、昔、BUMPと付き合ってたの」「げー嘘ばっか」「だからライブに行って伝えたかったの」「なんて?」「ありがとう・・・ありがとう頑張れたよ消えなかったよって」それから私と娘は顔を見合わせて笑った。夏の日差しが眩しすぎるほど輝いていた。

 

 

 

 


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