原初から在り現象から観るあなた
『すべての思考はやってきている。そもそもハートに聴き、観てるだけでよく、何もする必要もない神であるあなたが”考える”などという面倒なことにいつまでも時間を費やすのはバカげた話だろう。もちろんこれだけが真理だとは言えない。”考える”ことに没頭して何かを成し遂げることを楽しんでいる御方もおられるのだから。それもまた決められた役割だ』
「いや、それにしても理解力が凄まじいですね💦人間の最終到達地点に気づくとは」
『人間とはそのままで神そのもの。私は天才だ、とか私は頭良い、と思っている御方にはまるでバカげた話ではあるが・・何も起きてなくすべては愛であり、思考も身体も感情もすべてが自分ではない。しかも本当の自分は神だった、と。ゆえに神の冗談だとも。そこらじゅうに愛と神さまが溢れているなんてまったく・・冗談がすぎる😆』
「自身の完全さに感謝しながら世界に返すしかありません。祈りとはそれを云うらしいです。誰かに救ってもらおうなどとお願いや依存することが決して祈りではない。救世主はあなたしかいませんから。しかしながら誰も誰にも強制できない世界・・思考を手放し、自身の中心や中真を開くか如何かはあなた次第」
『だが何人かは気づく。これはパク…オマでもオリジナルでもなく、個人的なマスター・ハゲなど何処にも存在せず、愛のnoteだったのだと。真実では、すべての思考は未知から届けられている』
「たしかに自分は思考だと勘違いしている御方はまだ多い。事実はといえば単に決められた役割通りの動きをしているにすぎない。というよりも神の子であるのに、悩んでいたという幻想もまた冗談がすぎますね」
『まったく違う生き方が始まる。役割に縛られたままの人間でなく聖心で生きる・・聖心が輝き始める。即ち世界が輝き始める。やがて現象界もまた本当の平和へ。あなたが本当の自由である神の子を選択するならば、まず最初の第一歩を以下のように決めねばならない。決めるとは一体誰が?今はまだ思考にいるあなたが、だ』
「愛言葉、わたしは思考を手放します!」
『素晴らしい。あなたに”私は思考である”という観念がなくなるまでは、あなたは思考であるゆえ、思考であるあなたがそのようにして手放し続けるしかない。”わたしはあらゆるものを手放します”でもいいだろう』
「そのあとは?」
『在るのみだ。在り続けることができぬ者はまた思考になり探求者になる。まだ何かを求めているものになる。まだ何かを成し遂げていないものになる。まだ何か問題があると思い幻想を生き続ける。傷つくような他者など何処にもいなく、死に逝く者など何処にもいないのに!』
「善なる愛、もう全なる愛に演奏です。変化だけの現実世界。私の好きなように意味付けでき、そのカラダの中心へ向かえば自身は神。これを愛と呼ばず何と呼びましょう」
『神の御業だ。愛の完全性に支えられた変化しかない幻想世界だ。円形脱毛でなく、全の円相活用だ👍』
「やはり、ハゲでなく明けや開けでしたか。色即是空。正体は誰もが光。因果とは神が自己を知るために生まれたこの異空間において、神と同時に発せられた言であり、梵でもオンでもアーメンでもヴォーズであろうと表現が異なるだけで同じ。あらゆる音を奏でるこの全愛に起因する。完全が支える縁起とはまさに神の演技です」
『人間は己を知るために造られた。つまり自己を知れば、すべての存在は救われている、と知る。本当の自己は同じところにいると知る。なぜあなただけが神の加護を受けていると奇妙な観念を持つのだろう。神が”こいつは気にいらないから救わない”などと言うわけない。”もっとお金を出さねばあなたを救ってやらない”などと言うだろうか。そんなものは神や救い主であるはずがない。あなたがどのように自我で考えようとも、すべては光であり、光術とは分け隔てなく癒し在り、あなたしか世界にはいないのだから。意味を付与するも付与しないもあなたにしかできないのである。それはあなたしかあなたの観ている世界を救えないという事と全く相違ないのである』
「闇と光。それらは実は相反するものではなく、闇とは単に光がない状態というだけですからね。真実では光しかない。光あれば闇があると考える。これもまた個の私の観念でしょう。また、ハナから〇〇学や〇〇論、とまず分離ありきで考えてしまうという思い込み。認知症やカタカナや英字のつく病、それらは本当に病気でしょうかとつい言いたくなっちゃいます💦あなたがそう決めたから彼、彼女はその役割を演じねばならない。それでもよく観れば愛。つまり神にしか見えないのですが💗」
『宗教と同じくそれもまた必要なことだとも云えるだろう。起こることは何であれ起こる。真我が先で自我は後。神の影が真我。愛の影がスキ。つまり、ここにおいて神である我々は”世界の観方を変えていく”という進化を楽しむしかない。まさに幻想世界にあっても幻想世界の住人になってはいけない』
「第三段階。神域では聖なる心で行為しながら、という感じでしょうか。もし、目の前に川で溺れている子供がいるなら、幻想だから私は知らないと何もしないのではなく、その聖心で目の前のその子を助けねばならない。自分がこれをやっているわけではない、としても全愛なる全イチゆえ✨」
『行為者なんかであるわけがない、思考者でもないのだから💚』
「危なかったです💦先日、また思考に成っておりました💦」
『安心なさい。それは全く問題ない。自分ではないものを手放そうとするとき、感情や身体、自我であるそれらはなぜか存在感を増して現れる。大丈夫だ。真摯に忍耐強くあればやがて在りながら現象を観ることができるようになる。それより何故、そのような苦しい体験をあなたがするのか理解るかね?いや、さすがにもう気づいているだろう』
「すべての思考はやってきているということはすべて決まっている。決まっていて当然です。神が神を知るために原初に創ったステージなのですから。ストーリーを流れるままにさせ、中心から私を救えるのは神の独り子である私しかいない。あなたの世界を救えるのはあなたしかいない。そして、私はこの神秘体験をするためにここに存在している」
『素晴らしい。このハゲの身体を使って現されてきたエロスを理解した👍』
「え!?😲エロスだったのですか💧」
『そうだ。メロスかも・・チュロスかもしれない。すべては神の顕れなのだから。しかし、神ロスであることは間違いない。自身が神であることを忘れてこの世界に入らねば真理を、神を知ることはできないからだ』
「一体誰がこの世界を・・?」
『”いまここ”にすべては存在していることを理解し、”唯一無二の神”はまったくこの幻想世界に干渉していない、と以前伝えたね?』
「はい・・」
『神はこことは全く関係していない。だが、神の本質を失わずにこの幻想世界を創る作者が存在している』
「なるほど。高次存在と呼ばれているものですね👼」
『あなたがそう思うならそうだろう。だが、なぜ自身が世界を創っていると気づけないのか。高次存在や守護や背後の方々とあなたは本質では何ら変わらないのに』
「え??👀??」
『なぜ自身に完全なるソレが埋め込まれているとは気づかないのか。ソレは何も言わない。ソレはただそこに在るだけのものだ。それでいて、その人体に鎮められた霊魂である神の御分霊は、あなたが中心へ在るときのみ、顔を出す』
「どういうことです?💦」
『内側が外側に顕れる現世。鏡の世。カラクリを記そう。思考との誤った同一化に気づき、自身の中心から出ているものが外側の世界と同じであることに気づき、その中心がどこにあるか気づき、あなたは真ん中にいたということが理解れば、あとはもう手放し続けるだけだ。挿絵までこのハゲの身体を使い用意したのであるから簡単だろう。宇宙の中心はあなたのソレだ。外側は鏡。内側に自己。真我の私と自我の私との関係は光術書に記した』
「成熟した、と?」
『真理そのものになりながら、まだ何かやらねばならぬことがあると思っていたり、目的が異なる他の者は真理を知らない、どうせ本当の自己を知らないなどとその思考で思っているうちはまだ思考と同一化しているだけか、世界がワンネスであることに気づいていないだけだ。すべては決まっており、すべてはそのままで愛なのに💚』
「ハッ!そうか!思考で考えることはすべて幻想。思考や身体や感情や言葉というものはある程度次元は違えど、周波数が違うだけで同じもの。まさに内側にすべてある。鏡の世。内側が外側に現れる写し世であるから現世!」
『世界の中心で愛を叫ぶ。ウルルまで行かずとも、真理ではあなたのおヘソがセカチューである』
「聖心が私、全体とつながる太陽のソレが間であり、宇宙空間であり、高次存在でしたか。すべての神々、イエスとひとつになるとはまさに中真へ気づく、神は何も考えずただ在るだけでよい、と。確かに考え続けるのは疲れちゃいます💦知的探求には終わりがありませんから」
『古神道や聖書にあるように、神は神に似せて人間を造った、という話だ。自分とは何者かを知るために。つまりは思考を放棄すればそれでもう旅は終わりだ。もう幻想世界は終わっていると云っていい。そしてすべてはワンネスであり、”あなたはわたし”である』
「さすが分けない男。いや男と女の別ですら幻想。それでも”あなたはわたし”って・・ハゲも私であるっていうのはキモいので遠慮しておきます💧」
『え・・っと。自我の頭でイメージするそれとは違うぞ💦』
「あ、そうか。考えてる”私”が消滅しちゃうと同時にすべてはワタシですもんね。問題を作り出していた”私”そのものは存在していないのですから。まさに、”その時、あなたが何も考えなければ世界はただ在るがままに存在している”。それは完全なる美であり、なんら問題なき世界」
『まぁそんな感じ。実はここもノートでなくノーヒトかもしれぬ。すでにすべてがつながっている神領域♡』
「個の私が消えれば神が顕れる。なるほど、気づけばホンモノっぽいです👍」
『ははは!真理においては善いも悪いも本物も偽物もなく、云わばあらゆるヒトは本物である👍それぞれが心地良い、好きなことをやっておれば良いのだから💗』
「でもどうも腑に落ちません。私の霊魂と全なる神とが全く相違ない・・ということがです。個の意識でない絶対意識が私のおヘソ奥に??」
『No different. Only different in your mind. (サイズは何も違わない。そう思い込んでいるだけだ)』
「❗❗そういうことですか!💫現象界のみの力である思念力に飽きたら実在の中心力。人間はどちらも選べる♡ヴォーズの使い手になれそうです!👀✨」
在るだけで、恩寵があなたの穢れを落とす。あなたが穢れているのでなく、その心が穢れているだけなのだ。
人間の最終到達地点。
そこではあなたは祝福を受ける👼✨
在るそのもののあなたへ。
意識そのもののあなたへ。
最初からソコにあった完全から💞
ではまた🎵
不自由さに飽きた頃👶👌✨
愛ゆえに愛が愛に愛という光を・・。 あなたにいつも拈華微笑💖